一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 翌日。
 今日からしばらくの間、今まで暮らしていたワンルームマンションとはお別れだ。
 急に決まったことだったけれど、幸い、冷蔵庫の中は長期間留守にしても問題ないくらい、すっきりしている。
 もともと一人暮らしだから、食材を大量に買い込む習慣もない。
 仕事が忙しい日は外で食べることも多いし、家で食事をするときも、自分ひとりなら簡単なもので済ませてしまう。
 だから、こういうときに困ることはなかった。
 大きなスーツケースと小さなキャリーケースに、衣類や身の回りのものを詰めた。
 仕事で使うパソコンも忘れずに入れる。
 必要なものを一つずつ確認しながら荷物を詰めていると、思った以上に時間がかかった。
 けれど、荷造りを終えてしまえば、部屋の中はいつもと変わらない。
 見慣れた家具。
 いつも使っているテーブル。
 読みかけの漫画が置かれた本棚。
 何年も暮らしてきたわけではない。
 それでも、自分の生活が詰まった場所には違いなかった。
 準備を終えると、私は部屋を見渡した。
 たった一か月。
 そう考えれば、たいしたことではない。
 一か月が過ぎれば、またここへ戻ってくる。
 それなのに、少しだけ寂しい気がした。
 いつもなら、仕事へ出かけるために何気なく閉める玄関のドア。
 今日は、その向こうにある部屋をしばらく離れるのだと思うと、いつもとは違って見える。
 私は小さく息を吐いた。
 感傷に浸っている場合じゃない。
 これから始まる一か月のほうが、ずっと大きな問題なのだから。
 そんな感傷を振り切るように、私は部屋を出た。
 マンションの前には、湊さんの秘書だという沢村さんが運転する車が停まっていた。
 見慣れない車を前にして、私は一瞬だけ足を止める。
 昨日までなら、まさか自分がこんな車に乗って、誰かの家へ向かうことになるなんて考えもしなかった。
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