一か月だけの契約妻のはずが、恋愛経験ゼロの私を社長が溺愛してきます
 湊さんは、本当に七時頃には帰ってくるのだろうか。
 そんなことを考えていた、そのとき――。
 玄関のほうから、鍵を開ける音がした。
 カチャリ、と小さな音が響く。
 私は思わず顔を上げた。
 胸が、ほんの少しだけ跳ねる。
 帰ってきた。
 そう思った瞬間、足元にいたサンちゃんが勢いよく立ち上がった。
 そして、玄関へ向かって駆けていく。
「ただいま」
 聞こえてきた声に、私は立ち上がった。
「わんっ!」
 サンちゃんが嬉しそうに鳴く。
「おい、サン」
 湊さんの笑い声が聞こえた。
 その声を聞いただけで、なぜかほっとする。
 昼間、出ていくときにはあんなに広く感じた家なのに、今は少し違って見えた。
 誰かが帰ってきた。
 ただ、それだけのことなのに。
 私は玄関へ向かった。
 湊さんがサンちゃんを撫でながら、靴を脱いでいるところだった。
 仕事から帰ってきたばかりなのだろう。
 昼間とは少し違う表情をしているように見えた。
 それでも、私に気づくと、ふっと目元が緩んだ。
「おかえりなさい」
 言ってから、私は少しだけ恥ずかしくなった。
 考えてみれば、誰かに「おかえりなさい」と言うことなんて、最近はほとんどなかった。
 しかも今は、ここが湊さんの家で。
 私は、今日からここで暮らすことになっている。
 まるで、本当の妻みたいだ。
 そんな考えが頭をよぎって、私は慌てて打ち消した。
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