ぽっちゃりでもいいですか ~私と御曹司のダイエット日記~
そう、まぎれもなく美味しかったのだ。家政婦の岡崎さんの腕はたしかなもので、どの料理もうなってしまうほど美味しかった。だから私は「無理やり食べさせられる体」で食事していたが、与えられていた食事を美味しいとも確実に思っていた。だから「こんな美味しいもの残しちゃいけない」という気持ちになって完食してしまっていたのだ。
食べたくないのなら、きっぱり拒めばいい。だが美食につられてそれもできずにいた。そんな自分の中途半端なところにコンプレックスを抱いている。
どうしていらないと弾き返せないのだろう。どうしてもう食べませんと言えないのだろう。
目の前にあるものは美味しいよ。そう食べ物が眼前でささやく。
その誘惑に勝てない。なんだかんだ食事を楽しんでしまう。気が付けば、義母の残したビーフシチューの一人前をもう完食していた。
テーブルに何皿もあるのが恥ずかしいのでお店の人にドリアとビーフシチューの皿を片づけてもらった。残るは義妹の分のビーフシチューだ。
少し冷めたがやはり美味しい。ソースを味わうためのバケットだって美味しいから嫌になってしまう。
皿がビーフシチュー一人前になると、気持ちが落ち着いた。これを食べてしまえば家に帰れる。義母も義妹も帰りが遅そうだから家でゆっくりできる貴重な時間だ。
とはいえこんなに食べたらソファに座り込んで動けなくなるかも。
そんなことを考えながら義妹のビーフシチューに手をつける。食べ物に罪はない、とはよく言ったもので、これもまたちゃんと美味しい。
何か隠し味でいれてあるんだろうな...、、、。
そこまで考えていたときだった。
隣りのテーブルの男性が、大きな声で「うーん」と唸った。
彼の存在には気づいていたけれど、もくもくとコース料理を食べていたようだったので、とくに気にしていなかった。男性だもの、コース料理なんてぺろりと食べてしまうだろう。
そう思いつつも、ちらりと男性のテーブルを見た。
すると、私が食べているのと同じビーフシチューを目の前にしている。腕を組んで、何やら考え込んでいる様子だ。
なんだろう。このイタリアンのライバル店の従業員で敵情視察に来た、とかだったりして。
「うーん...」
男性は声を出して唸りだした。つい声の方を見てしまいそうになる。それを慌ててしないようにして、ビーフシチューを食べ進める。
「これは八角...いや、違うな。もっとスパイスが...いや、でももっと、こう…」
どうやらビーフシチューの味の分析をしているらしい。男性がうつむいているのをいいことに、横顔や佇まいをこっそり盗み見る。
びっくりするほど美形の横顔だった。髪の毛は耳にかけている。ふわっとした髪質の短髪で、色は栗色。長い睫毛の瞳をこらして、ずっとビーフシチューを見つめている。
そんなに見つめていたらせっかくのシチューが冷めてしまうんじゃないだろうか。
男性は、まだシチューの成分についてぶつぶつ言っている。私の食べているシチューはもう残り少なくなっていて、少し気持ちに余裕があった。
普段なら決してしないことだけど......こんなことが私の人生にちらりとあってもいいだろう。
「あの、多分このシチューには赤味噌が隠し味に入れられています」
相手を驚かさないよう、おずおずと言った。
男性は虚をつかれた顔をして、私を真正面から一度見つめ、それからシチューをひと口食べた。
「その通りだ。すごいな。よくわかりましたね」
整った顔が満面の笑みになった。わあ、なんて清々しく笑う人なのかしら。
それに...ぱっと見た感じが若い。いくつなんだろう。三十代前半かな。
「あなたは料理関係の仕事の方ですか?」
静かな笑みをたたえて、こちらに聞いてくる。
「いえ、そんな......ただなんの調味料が入ってるかはあてるのが得意で」
家政婦の岡崎さんの手伝いもよくしていたので味付けには慣れがあった。岡崎さんは凝り性なので調味料もたくさん使う。そんな料理の味付けをずっと試していたせいなのか、私はこの料理には何の調味料が使われている、とか自然とわかるようになっていた。
かと言って、初めて会った男性になにをべらべらしゃべっているんだろう。言って後悔した。でもなんだか、男性の落ち着いた言い方は、こちらの気持ちをほぐしてくれる。正直に言う気になるというか。
男性は言った。
「そうだったんですね。私は食品メーカーで商品開発をしています。普段からどういう味の組み立てが喜ばれるか、そればかり考えていて......でも、考えるだけじゃダメなんでしょうね。もっと深いところで理解しないと。それで今日もこの店で美味しい味の正体をつきつめようとしたんですが……単純に美味しいと思うばかりで......赤味噌とは思いつかなかったな」
「食品メーカーさんでしたか......」
私はてっきりグルメとか食べ歩きが趣味な人かと思っていたのであてがはずれた。お仕事につながる食事なら、それは大変だ。
「この店にはよく来られるんですか?」
男性がよく通る低い声で言う。
「たまに...家族とですが」
「でも今はひとりで食べている」
「家族はこれから結婚式で先に行ってしまったんです。だからあの」
彼女たちの残り物を片づけてました、とは言えず言葉を濁した。
「無理やり食べさせられてましたよね」
どきりとして、男性の顔を見る。
「すみません。あなたの連れの女性たちの声が大きくて、聞こえてしまったんです。なんだか......無理に食べさせられていませんでしたか?」
私は言葉に窮した。まず、義母と義妹の辛辣な声が聞こえていただけでも恥ずかしい。
「そ、そんなこと......私、食べるのが好きなんです。さっきの連れは義母と義妹なんですが。美味しいものをわざと残してくれるんですよ。ありがたくいただいていたところです」
男性は、私の顔をじっと見つめた。
「そうかな。そうは見れなかった。いくら美味しくてもそれなりの量というものがあるでしょう。あなたは彼女たちになにか負い目があって食べさせられているんじゃないですか」
始めて出会った人なのに、こんなに言い当てられることってあるんだろうか。
「た。たしかに彼女たちに食べられるものをすすめらえることは多いです」
「食べ物っていうのは、できるだけ自分が食べたいものを食べた方がいい。365日、毎日の事なのだから......推測でものを言って悪いけれど、義理のお母さんと妹さんは、悪意があってあなたに食べさせているのでは?」
うっ、と言葉に詰まる。そうなのだ。義母も義妹も私に対してはっきりと悪意を持っている。わかりきったこと。私が受け入れていること。でもその事を誰かに察してもらったのは初めてだった。
胸の真ん中にぐっと男性の言葉が刺さった。
「そ、それは......」
そうなんです。その通りなんです。そう言っていいのだろうか。出会ったばかりの人に。
私は自分に問いかけた。この目の前の美しい男性に自分の事をあらいざらい話して、なにかが変わるの?きっとなにも変わらない。
芙美、なんでもないように言うのは得意でしょう?いつも通りそうすればいいのよ。
食べたくないのなら、きっぱり拒めばいい。だが美食につられてそれもできずにいた。そんな自分の中途半端なところにコンプレックスを抱いている。
どうしていらないと弾き返せないのだろう。どうしてもう食べませんと言えないのだろう。
目の前にあるものは美味しいよ。そう食べ物が眼前でささやく。
その誘惑に勝てない。なんだかんだ食事を楽しんでしまう。気が付けば、義母の残したビーフシチューの一人前をもう完食していた。
テーブルに何皿もあるのが恥ずかしいのでお店の人にドリアとビーフシチューの皿を片づけてもらった。残るは義妹の分のビーフシチューだ。
少し冷めたがやはり美味しい。ソースを味わうためのバケットだって美味しいから嫌になってしまう。
皿がビーフシチュー一人前になると、気持ちが落ち着いた。これを食べてしまえば家に帰れる。義母も義妹も帰りが遅そうだから家でゆっくりできる貴重な時間だ。
とはいえこんなに食べたらソファに座り込んで動けなくなるかも。
そんなことを考えながら義妹のビーフシチューに手をつける。食べ物に罪はない、とはよく言ったもので、これもまたちゃんと美味しい。
何か隠し味でいれてあるんだろうな...、、、。
そこまで考えていたときだった。
隣りのテーブルの男性が、大きな声で「うーん」と唸った。
彼の存在には気づいていたけれど、もくもくとコース料理を食べていたようだったので、とくに気にしていなかった。男性だもの、コース料理なんてぺろりと食べてしまうだろう。
そう思いつつも、ちらりと男性のテーブルを見た。
すると、私が食べているのと同じビーフシチューを目の前にしている。腕を組んで、何やら考え込んでいる様子だ。
なんだろう。このイタリアンのライバル店の従業員で敵情視察に来た、とかだったりして。
「うーん...」
男性は声を出して唸りだした。つい声の方を見てしまいそうになる。それを慌ててしないようにして、ビーフシチューを食べ進める。
「これは八角...いや、違うな。もっとスパイスが...いや、でももっと、こう…」
どうやらビーフシチューの味の分析をしているらしい。男性がうつむいているのをいいことに、横顔や佇まいをこっそり盗み見る。
びっくりするほど美形の横顔だった。髪の毛は耳にかけている。ふわっとした髪質の短髪で、色は栗色。長い睫毛の瞳をこらして、ずっとビーフシチューを見つめている。
そんなに見つめていたらせっかくのシチューが冷めてしまうんじゃないだろうか。
男性は、まだシチューの成分についてぶつぶつ言っている。私の食べているシチューはもう残り少なくなっていて、少し気持ちに余裕があった。
普段なら決してしないことだけど......こんなことが私の人生にちらりとあってもいいだろう。
「あの、多分このシチューには赤味噌が隠し味に入れられています」
相手を驚かさないよう、おずおずと言った。
男性は虚をつかれた顔をして、私を真正面から一度見つめ、それからシチューをひと口食べた。
「その通りだ。すごいな。よくわかりましたね」
整った顔が満面の笑みになった。わあ、なんて清々しく笑う人なのかしら。
それに...ぱっと見た感じが若い。いくつなんだろう。三十代前半かな。
「あなたは料理関係の仕事の方ですか?」
静かな笑みをたたえて、こちらに聞いてくる。
「いえ、そんな......ただなんの調味料が入ってるかはあてるのが得意で」
家政婦の岡崎さんの手伝いもよくしていたので味付けには慣れがあった。岡崎さんは凝り性なので調味料もたくさん使う。そんな料理の味付けをずっと試していたせいなのか、私はこの料理には何の調味料が使われている、とか自然とわかるようになっていた。
かと言って、初めて会った男性になにをべらべらしゃべっているんだろう。言って後悔した。でもなんだか、男性の落ち着いた言い方は、こちらの気持ちをほぐしてくれる。正直に言う気になるというか。
男性は言った。
「そうだったんですね。私は食品メーカーで商品開発をしています。普段からどういう味の組み立てが喜ばれるか、そればかり考えていて......でも、考えるだけじゃダメなんでしょうね。もっと深いところで理解しないと。それで今日もこの店で美味しい味の正体をつきつめようとしたんですが……単純に美味しいと思うばかりで......赤味噌とは思いつかなかったな」
「食品メーカーさんでしたか......」
私はてっきりグルメとか食べ歩きが趣味な人かと思っていたのであてがはずれた。お仕事につながる食事なら、それは大変だ。
「この店にはよく来られるんですか?」
男性がよく通る低い声で言う。
「たまに...家族とですが」
「でも今はひとりで食べている」
「家族はこれから結婚式で先に行ってしまったんです。だからあの」
彼女たちの残り物を片づけてました、とは言えず言葉を濁した。
「無理やり食べさせられてましたよね」
どきりとして、男性の顔を見る。
「すみません。あなたの連れの女性たちの声が大きくて、聞こえてしまったんです。なんだか......無理に食べさせられていませんでしたか?」
私は言葉に窮した。まず、義母と義妹の辛辣な声が聞こえていただけでも恥ずかしい。
「そ、そんなこと......私、食べるのが好きなんです。さっきの連れは義母と義妹なんですが。美味しいものをわざと残してくれるんですよ。ありがたくいただいていたところです」
男性は、私の顔をじっと見つめた。
「そうかな。そうは見れなかった。いくら美味しくてもそれなりの量というものがあるでしょう。あなたは彼女たちになにか負い目があって食べさせられているんじゃないですか」
始めて出会った人なのに、こんなに言い当てられることってあるんだろうか。
「た。たしかに彼女たちに食べられるものをすすめらえることは多いです」
「食べ物っていうのは、できるだけ自分が食べたいものを食べた方がいい。365日、毎日の事なのだから......推測でものを言って悪いけれど、義理のお母さんと妹さんは、悪意があってあなたに食べさせているのでは?」
うっ、と言葉に詰まる。そうなのだ。義母も義妹も私に対してはっきりと悪意を持っている。わかりきったこと。私が受け入れていること。でもその事を誰かに察してもらったのは初めてだった。
胸の真ん中にぐっと男性の言葉が刺さった。
「そ、それは......」
そうなんです。その通りなんです。そう言っていいのだろうか。出会ったばかりの人に。
私は自分に問いかけた。この目の前の美しい男性に自分の事をあらいざらい話して、なにかが変わるの?きっとなにも変わらない。
芙美、なんでもないように言うのは得意でしょう?いつも通りそうすればいいのよ。