ゆびきりげんまん
恋人になって。
最初にわかったこと。
何にも。
変わらへん。
「颯真」
「…………」
「颯真」
「なんや」
「呼んだだけ」
「うるさい」
「颯真」
「何回呼ぶねん」
「だって」
嬉しい。
兄ちゃんって。
呼ばんでええ。
「颯真」
「はいはい」
「好き」
「知っとる」
「颯真は?」
「知らん」
「なんでやねん!」
何にも。
変わらへん。
でも。
手を繋ぐ時。
もう。
小指だけじゃない。
当たり前みたいに。
全部の指を。
絡めてくれる。
それだけで。
何度でも。
嬉しくなった。
そして。
恋人になって。
初めて。
颯真の部屋に。
泊まることになった夜。
「…………」
緊張する。
ものすごく。
緊張する。
今までだって。
何度も。
遊びに来たことはある。
でも。
今日は。
違う。
「すず」
「何?」
「さっきから静かすぎんねん」
「…………」
「気持ち悪い」
「失礼やな!」
「やっと喋った」
「緊張してんねん!」
「何を」
「わかってるくせに!」
颯真が。
笑った。
「帰る?」
「嫌や」
即答。
「ほな、そんな顔すんな」
「どんな顔?」
「今にも逃げそうな顔」
「逃げへん」
「ほんまか?」
「逃げへんもん」
言い切ってから。
少しだけ。
俯いた。
「……でも」
「ん?」
「あたし」
声が。
小さくなる。
「初めてやから」
「…………」
「せやから」
何を。
どうしたらええのか。
わからへん。
ずっと。
颯真を追いかけて。
好き好きって。
言い続けて。
結婚するって。
騒いできたくせに。
いざ。
本当に。
颯真の彼女になったら。
急に。
恥ずかしい。
「すず」
顔を上げる。
「無理せんでええで」
「…………」
「今日じゃなくてもええ」
優しい声。
それを聞いたら。
余計に。
好きになった。
「……嫌や」
「どっちやねん」
「今日がええ」
「…………」
「颯真がええ」
「…………」
「最初から、そう決めてたもん」
颯真が。
困ったように。
笑った。
「ほんま、お前は」
「何」
「何でもない」
手を。
取られた。
引き寄せられる。
近くなる。
颯真の顔。
「怖なったら言えよ」
「うん」
「嫌やったら?」
「言う」
「無理せん?」
「せえへん」
「よし」
「子供みたいに言わんといて」
「しゃあないやろ」
颯真の指が。
頬に触れた。
「俺にとっては」
「…………」
「四歳から知っとるすずやから」
「もう二十二やで」
「知っとる」
「大人やで」
「それも知っとる」
「女やで」
「…………」
颯真が。
少しだけ笑った。
「それは、とっくに知っとる」
「…………」
ずるい。
顔が。
熱くなる。
唇に。
そっと。
キスが落ちた。
一度。
離れて。
もう一度。
今度は。
少しだけ長く。
「…………」
颯真の手が。
あたしの手を取った。
「……すず」
「ん?」
「ほんまに、ええんやな」
「うん」
答えたくせに。
やっぱり。
恥ずかしくて。
顔を隠した。
「……恥ずかしい」
「今さら何言うとんねん」
「だってぇ……」
「ほな」
颯真が。
笑った。
「恥ずかしかったら、目ぇ閉じとけ」
「…………」
言われた通り。
目を閉じた。
何も見えへん。
その方が。
余計に。
ドキドキする。
「颯真……?」
返事の代わりに。
足先へ。
そっと。
キスが落ちた。
「…………!」
びっくりして。
目を開けそうになる。
でも。
我慢した。
もう一度。
足先に。
ゆっくり。
唇が触れる。
そこから。
少しずつ。
上へ。
急がず。
焦らすみたいに。
キスが。
重なっていく。
「…………颯真」
「目ぇ閉じとけ言うたやろ」
「閉じてる……」
「ほな、そのまま」
「……うん」
両脚の。
内腿へ。
そっと。
キス。
「…………っ」
思わず。
身体に力が入った。
「緊張すんな」
「無理やって……」
「せやな」
笑ってる。
絶対。
笑ってる。
「もう……」
恥ずかしくて。
顔を隠す。
そんなあたしを。
急かすこともなく。
颯真は。
ゆっくり。
大切に。
触れてくれた。
やがて。
身体を起こした颯真の顔が。
近づいてくる。
首筋に。
そっと。
キス。
「…………」
頬にも。
ひとつ。
そして。
最後に。
もう一度。
唇へ。
「…………ん」
今度は。
すぐには。
離れなかった。
あたしの腕が。
颯真の背中へ回る。
ずっと。
この人がよかった。
最初から。
全部。
颯真が。
よかった。
唇が離れて。
額を寄せたまま。
颯真が。
小さく言った。
「すず」
「ん……?」
「好きやで」
「…………」
泣きそうになる。
「もう一回」
「何を」
「言うて」
「調子乗んな」
「言うてや……」
少し笑って。
頬に。
もう一度。
キス。
「好きや」
「……あたしも」
その夜。
颯真は。
最後まで。
急がなかった。
あたしが緊張するたび。
待ってくれた。
恥ずかしくなるたび。
笑ってくれた。
そして。
何度も。
あたしの名前を。
呼んでくれた。
初めてのキスも。
初めて。
恋人として抱きしめられた夜も。
初めて。
好きな人の腕の中で。
朝を迎えるのも。
全部。
颯真だった。
朝。
目を覚ます。
隣を見る。
「…………」
いる。
颯真。
「…………ふふ」
「何笑っとんねん」
「うわっ!」
起きてた。
「びっくりした!」
「朝から人の顔見て笑うな」
「嬉しかっただけやもん」
「何が」
「颯真がおる」
「俺の家や」
「そうやった」
布団の中で。
笑う。
昨日までとは。
何もかもが。
少しだけ違って見える。
でも。
隣にいるのは。
ずっと。
追いかけてきた人。
「なあ」
「ん?」
「手」
「何」
「貸して」
「なんで」
「ええから」
颯真の手を。
引っ張る。
小指を。
絡めた。
「…………」
「何年ぶりやねん、それ」
「ええやん」
小指と。
小指。
四歳のあたしと。
十歳の颯真が。
初めて。
約束した時みたいに。
「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん」
「朝から歌うな」
「ウソついたら――」
「針千本飲ますんか」
「ちゃう」
「ほな何や」
颯真を見る。
「ずっと、ずーっと一緒におる」
「…………」
「喧嘩しても」
「おう」
「仲直りして」
「おう」
「おじいちゃんと、おばあちゃんになっても」
「長いな」
「最後まで聞いて!」
「はいはい」
絡めた小指を。
ぎゅっと握る。
「颯真は」
「ん?」
笑った。
「ずっと、すずのもの!」
「…………」
颯真が。
吹き出した。
「結局それかい!」
「何が!」
「四歳から何も変わっとらんやんけ!」
「変わったで!」
「どこがや」
「ちゃんと大人になったもん!」
「せやな」
「…………」
思ってなかった言葉が。
返ってきた。
颯真が。
絡めた小指を。
握り返す。
「ちゃんと大人になった」
「…………」
「六年、よう頑張ったな」
「……うん」
泣きそうになった。
十六歳の時。
颯真に。
言われた。
『ちゃんと大人になれ』
あの時のあたしは。
大人になれば。
颯真に好きになってもらえる。
それだけやと思ってた。
でも。
六年の間に。
仕事を始めて。
何回も。
辞めたいって思って。
怒られて。
失敗して。
後輩ができて。
人に教えるようになって。
リーダーなんて。
呼ばれるようになって。
颯真の知らないところでも。
ちゃんと。
歩いてきた。
そして。
颯真も。
あたしの知らないところで。
夢を追いかけて。
白バイ隊員になった。
六年前とは。
二人とも。
違う。
それでも。
変わらなかったものが。
一つだけ。
ある。
「でも」
「ん?」
颯真が。
笑う。
「中身は、あんま変わってへんけどな」
「颯真!」
「痛っ!」
叩いた。
笑った。
また。
小指を。
絡めた。
「約束やで」
「おう」
「絶対やで」
「わかったわ」
「指切りげんまん」
「はいはい」
「ウソついたら――」
四歳から。
ずっと。
好きだった。
十六歳で。
六年後の約束をして。
二十二歳まで。
いっぱい笑って。
いっぱい怒って。
いっぱい泣いて。
ずっと。
追いかけた。
途中で。
諦めそうにもなった。
でも。
最後は。
颯真が。
あたしを。
追いかけてきてくれた。
六年待って。
やっと。
捕まえた。
あたしの。
大好きな人。
「颯真」
「ん?」
「大好き」
「俺もや」
絡めた小指は。
もう。
離さなかった。
――おわり。
最初にわかったこと。
何にも。
変わらへん。
「颯真」
「…………」
「颯真」
「なんや」
「呼んだだけ」
「うるさい」
「颯真」
「何回呼ぶねん」
「だって」
嬉しい。
兄ちゃんって。
呼ばんでええ。
「颯真」
「はいはい」
「好き」
「知っとる」
「颯真は?」
「知らん」
「なんでやねん!」
何にも。
変わらへん。
でも。
手を繋ぐ時。
もう。
小指だけじゃない。
当たり前みたいに。
全部の指を。
絡めてくれる。
それだけで。
何度でも。
嬉しくなった。
そして。
恋人になって。
初めて。
颯真の部屋に。
泊まることになった夜。
「…………」
緊張する。
ものすごく。
緊張する。
今までだって。
何度も。
遊びに来たことはある。
でも。
今日は。
違う。
「すず」
「何?」
「さっきから静かすぎんねん」
「…………」
「気持ち悪い」
「失礼やな!」
「やっと喋った」
「緊張してんねん!」
「何を」
「わかってるくせに!」
颯真が。
笑った。
「帰る?」
「嫌や」
即答。
「ほな、そんな顔すんな」
「どんな顔?」
「今にも逃げそうな顔」
「逃げへん」
「ほんまか?」
「逃げへんもん」
言い切ってから。
少しだけ。
俯いた。
「……でも」
「ん?」
「あたし」
声が。
小さくなる。
「初めてやから」
「…………」
「せやから」
何を。
どうしたらええのか。
わからへん。
ずっと。
颯真を追いかけて。
好き好きって。
言い続けて。
結婚するって。
騒いできたくせに。
いざ。
本当に。
颯真の彼女になったら。
急に。
恥ずかしい。
「すず」
顔を上げる。
「無理せんでええで」
「…………」
「今日じゃなくてもええ」
優しい声。
それを聞いたら。
余計に。
好きになった。
「……嫌や」
「どっちやねん」
「今日がええ」
「…………」
「颯真がええ」
「…………」
「最初から、そう決めてたもん」
颯真が。
困ったように。
笑った。
「ほんま、お前は」
「何」
「何でもない」
手を。
取られた。
引き寄せられる。
近くなる。
颯真の顔。
「怖なったら言えよ」
「うん」
「嫌やったら?」
「言う」
「無理せん?」
「せえへん」
「よし」
「子供みたいに言わんといて」
「しゃあないやろ」
颯真の指が。
頬に触れた。
「俺にとっては」
「…………」
「四歳から知っとるすずやから」
「もう二十二やで」
「知っとる」
「大人やで」
「それも知っとる」
「女やで」
「…………」
颯真が。
少しだけ笑った。
「それは、とっくに知っとる」
「…………」
ずるい。
顔が。
熱くなる。
唇に。
そっと。
キスが落ちた。
一度。
離れて。
もう一度。
今度は。
少しだけ長く。
「…………」
颯真の手が。
あたしの手を取った。
「……すず」
「ん?」
「ほんまに、ええんやな」
「うん」
答えたくせに。
やっぱり。
恥ずかしくて。
顔を隠した。
「……恥ずかしい」
「今さら何言うとんねん」
「だってぇ……」
「ほな」
颯真が。
笑った。
「恥ずかしかったら、目ぇ閉じとけ」
「…………」
言われた通り。
目を閉じた。
何も見えへん。
その方が。
余計に。
ドキドキする。
「颯真……?」
返事の代わりに。
足先へ。
そっと。
キスが落ちた。
「…………!」
びっくりして。
目を開けそうになる。
でも。
我慢した。
もう一度。
足先に。
ゆっくり。
唇が触れる。
そこから。
少しずつ。
上へ。
急がず。
焦らすみたいに。
キスが。
重なっていく。
「…………颯真」
「目ぇ閉じとけ言うたやろ」
「閉じてる……」
「ほな、そのまま」
「……うん」
両脚の。
内腿へ。
そっと。
キス。
「…………っ」
思わず。
身体に力が入った。
「緊張すんな」
「無理やって……」
「せやな」
笑ってる。
絶対。
笑ってる。
「もう……」
恥ずかしくて。
顔を隠す。
そんなあたしを。
急かすこともなく。
颯真は。
ゆっくり。
大切に。
触れてくれた。
やがて。
身体を起こした颯真の顔が。
近づいてくる。
首筋に。
そっと。
キス。
「…………」
頬にも。
ひとつ。
そして。
最後に。
もう一度。
唇へ。
「…………ん」
今度は。
すぐには。
離れなかった。
あたしの腕が。
颯真の背中へ回る。
ずっと。
この人がよかった。
最初から。
全部。
颯真が。
よかった。
唇が離れて。
額を寄せたまま。
颯真が。
小さく言った。
「すず」
「ん……?」
「好きやで」
「…………」
泣きそうになる。
「もう一回」
「何を」
「言うて」
「調子乗んな」
「言うてや……」
少し笑って。
頬に。
もう一度。
キス。
「好きや」
「……あたしも」
その夜。
颯真は。
最後まで。
急がなかった。
あたしが緊張するたび。
待ってくれた。
恥ずかしくなるたび。
笑ってくれた。
そして。
何度も。
あたしの名前を。
呼んでくれた。
初めてのキスも。
初めて。
恋人として抱きしめられた夜も。
初めて。
好きな人の腕の中で。
朝を迎えるのも。
全部。
颯真だった。
朝。
目を覚ます。
隣を見る。
「…………」
いる。
颯真。
「…………ふふ」
「何笑っとんねん」
「うわっ!」
起きてた。
「びっくりした!」
「朝から人の顔見て笑うな」
「嬉しかっただけやもん」
「何が」
「颯真がおる」
「俺の家や」
「そうやった」
布団の中で。
笑う。
昨日までとは。
何もかもが。
少しだけ違って見える。
でも。
隣にいるのは。
ずっと。
追いかけてきた人。
「なあ」
「ん?」
「手」
「何」
「貸して」
「なんで」
「ええから」
颯真の手を。
引っ張る。
小指を。
絡めた。
「…………」
「何年ぶりやねん、それ」
「ええやん」
小指と。
小指。
四歳のあたしと。
十歳の颯真が。
初めて。
約束した時みたいに。
「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん」
「朝から歌うな」
「ウソついたら――」
「針千本飲ますんか」
「ちゃう」
「ほな何や」
颯真を見る。
「ずっと、ずーっと一緒におる」
「…………」
「喧嘩しても」
「おう」
「仲直りして」
「おう」
「おじいちゃんと、おばあちゃんになっても」
「長いな」
「最後まで聞いて!」
「はいはい」
絡めた小指を。
ぎゅっと握る。
「颯真は」
「ん?」
笑った。
「ずっと、すずのもの!」
「…………」
颯真が。
吹き出した。
「結局それかい!」
「何が!」
「四歳から何も変わっとらんやんけ!」
「変わったで!」
「どこがや」
「ちゃんと大人になったもん!」
「せやな」
「…………」
思ってなかった言葉が。
返ってきた。
颯真が。
絡めた小指を。
握り返す。
「ちゃんと大人になった」
「…………」
「六年、よう頑張ったな」
「……うん」
泣きそうになった。
十六歳の時。
颯真に。
言われた。
『ちゃんと大人になれ』
あの時のあたしは。
大人になれば。
颯真に好きになってもらえる。
それだけやと思ってた。
でも。
六年の間に。
仕事を始めて。
何回も。
辞めたいって思って。
怒られて。
失敗して。
後輩ができて。
人に教えるようになって。
リーダーなんて。
呼ばれるようになって。
颯真の知らないところでも。
ちゃんと。
歩いてきた。
そして。
颯真も。
あたしの知らないところで。
夢を追いかけて。
白バイ隊員になった。
六年前とは。
二人とも。
違う。
それでも。
変わらなかったものが。
一つだけ。
ある。
「でも」
「ん?」
颯真が。
笑う。
「中身は、あんま変わってへんけどな」
「颯真!」
「痛っ!」
叩いた。
笑った。
また。
小指を。
絡めた。
「約束やで」
「おう」
「絶対やで」
「わかったわ」
「指切りげんまん」
「はいはい」
「ウソついたら――」
四歳から。
ずっと。
好きだった。
十六歳で。
六年後の約束をして。
二十二歳まで。
いっぱい笑って。
いっぱい怒って。
いっぱい泣いて。
ずっと。
追いかけた。
途中で。
諦めそうにもなった。
でも。
最後は。
颯真が。
あたしを。
追いかけてきてくれた。
六年待って。
やっと。
捕まえた。
あたしの。
大好きな人。
「颯真」
「ん?」
「大好き」
「俺もや」
絡めた小指は。
もう。
離さなかった。
――おわり。