ゆびきりげんまん
翌日。

「すず」

昼休み。

お弁当を食べ終えて、友達と喋っていたあたしは、教室の入り口から呼ばれて顔を上げた。

男子が一人、立っている。

同じクラスの――。

「……誰だっけ」

「同じクラスだよ!」

周りが一斉に笑った。

あ。

そうだった。

確か、後ろの方の席。

「ごめん」

「ひどくない?」

「ごめんってば」

男子は苦笑いしながら、ちょいちょいと手招きした。

「ちょっといい?」

「ここじゃダメなの?」

「できれば外」

なんだろ。

あたしは残っていたお茶を飲み干して、席を立った。

廊下へ出る。

男子はそのまま歩き出した。

「どこ行くの?」

「ちょっとだけ」

「購買?」

「違う」

「先生に呼ばれた?」

「違う」

「じゃあ何?」

「着いてから言う」

めんどくさい。

そのまま連れて行かれたのは、校舎の端にある階段だった。

昼休みなのに、人がいない。

男子が立ち止まる。

あたしも止まる。

「で、何?」

「…………」

「何?」

「すずってさ」

「うん」

「好きな人いる?」

「いるよ」

「…………」

「?」

黙った。

なんで?

「……いるんだ」

「うん」

「即答だな」

「だっているもん」

颯真兄ちゃん。

一秒も考える必要なんてない。

「そっか……」

男子が頭を掻いた。

なんか困ってる。

「どうしたの?」

「いや……じゃあ、いいや」

「何が?」

「なんでもない」

「気になるじゃん」

「いいって」

「よくない。ここまで連れてきたんだから言ってよ」

「…………」

男子があたしを見る。

「俺、すずのこと好きなんだ」

「…………」

今度は、あたしが黙った。

え?

「付き合ってほしい」

「…………」

え?

付き合う?

誰と?

この人と?

あたしが?

「ごめん」

「早っ!」

「あ」

しまった。

昨日。

あたし、颯真兄ちゃんに同じこと言った。

即答すんなって。

「……ちょっと考えた方がいい?」

「いや、今断ったよな?」

「うん」

「じゃあ考えなくていいよ!」

「ごめん!」

男子が、はぁ、と息を吐く。

「あのさ」

「うん」

「その好きな人って、同じ学校?」

「違うよ」

「年上?」

「六個上」

「六個!?」

「うん」

「大学生?」

「警察官」

「…………警察官?」

「うん!」

「え、付き合ってんの?」

「まだ」

「まだ?」

「六年後に付き合う予定」

「…………」

男子の顔が、どんどん変になっていく。

「それ、相手も知ってる?」

「知ってるよ」

「向こうも好きって?」

「好きって言ってくれた」

言ってくれた。

妹みたいなもんやし。

そこは今、思い出さなくていい。

「じゃあ両想いじゃん」

「…………まあね」

嘘は言ってない。

たぶん。

「そっかぁ……」

男子は、完全に諦めたみたいに肩を落とした。

「ごめんね」

「いや。仕方ない」

「うん」

「でも六年は長いぞ?」

「大丈夫」

「その間に彼女できるかもしれないじゃん」

「…………」

「結婚するかもしれないし」

「…………」

「すず?」

「…………帰る」

「え?」

「教室戻る!」

「あ、おい!」

走った。

嫌なこと言うな。

彼女。

結婚。

そんなの。

ない。

絶対ない。

……よね?

午後の授業。

先生が黒板に数式を書いている。

あたしは頬杖をついたまま、窓の外を見ていた。

六年。

昨日までは。

待てると思ってた。

絶対、大丈夫だと思ってた。

でも。

六年の間に。

颯真兄ちゃんが誰かを好きになったら?

付き合ったら?

その人と――。

結婚したら?

「…………」

無理。

それだけは無理。

黒板なんて、もう目に入らなかった。

放課後。

チャイムが鳴った瞬間、鞄を掴んだ。

「すず、今日一緒に――」

「ごめん! 用事!」

教室を飛び出す。

階段を駆け下りる。

昇降口で靴を履き替えて。

校門を出て。

向かう場所は、一つ。

交番。

颯真兄ちゃん。

六年待つって言ったけど。

やっぱり。

その前に、一個だけ。

確認しなきゃいけない。

――結婚する予定。

ないよね?
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