君とわたしの青春事件簿
「久世城くん」

 廊下を歩きながら、美桜は隣を見上げた。

「ノートって、やっぱり授業のノートかな」

「たぶんな。教科書より書き込みが多い。人によっては予定や個人的なメモもある」

「じゃあ、誰かの秘密を探してるってこと……?」

「可能性はある」

 悠真の返事は短い。
 けれどその横顔は、さっきから少しかたい気がした。

「久世城くん?」

「……ひとつ、気になることがある」

「え」

 悠真は足を止めた。
 窓から差しこむ午後の光が、その整った横顔にうっすら影を落とす。

「今日の朝、俺のノートも少しずれてた」

 美桜は目を見開いた。

「えっ……」

「気のせいかと思ってた。でも今なら分かる。たぶん、誰かが触った」

 一気に背筋が冷える。

「じゃあ、狙われてるのって……」

「俺かもしれない」

 その言い方は静かだった。
 でも、まるで前から少し予感していたみたいだった。

「どうしてそんな大事なこと、早く言ってくれなかったの?」

「確証がなかった」

「でも……」

「春宮」

 名前を呼ばれて、美桜は言葉を止める。

 悠真はまっすぐ美桜を見た。
 涼しげな目はいつも通り落ち着いているのに、その奥にだけ小さな緊張が見えた。

「ここから先は、たぶんおまえが思ってるより面倒になる」

「それって」

「俺が狙われてるなら、巻き込まれるかもしれない」

 その一言で分かった。
 悠真は自分のことより、美桜のことを気にしている。

 危ないから離れろと、遠回しに言おうとしているのだ。

 だけど。

「それでもいいよ」

 美桜はすぐに答えた。

 悠真の目がわずかに揺れる。

「春宮」

「だって、もう巻き込まれてるもん。それに」

 一度息を吸ってから、美桜は続けた。

「久世城くんが困ってるなら、なおさら放っておけない」

 数秒の沈黙。
 廊下の向こうで、誰かの笑い声が遠く響いた。

 悠真はふっと目を伏せ、それから小さく息をついた。

「……おまえ、ほんとにお人好しだな」

「そうかな」

「そうだ」

 呆れたみたいな口調なのに、どこかやわらかい。

 そのまま悠真は制服のポケットに手を入れ、少しためらってから一枚の紙を取り出した。

「これ」

「なに?」

「今朝、ノートにはさまってた」

 受け取った紙には、短くたった一文だけ書かれていた。

あの日のことを忘れたとは言わせない。

 美桜の指先がぴくりと震えた。

「……あの日って」

「分からない」

 悠真はそう答えた。
 でも、その声は少しだけ硬い。

「本当に?」

 思わず聞き返すと、悠真は黙った。

 その沈黙だけで十分だった。
 何も知らない顔ではない。むしろ逆だ。悠真はこの言葉に、心当たりがある。

「久世城くん」

「今はまだ話せない」

 低い声だった。
 拒絶というより、無理に閉ざしているような響きだった。

 美桜は胸の奥がきゅっと痛くなるのを感じた。
 秘密があるのは分かる。誰にだって言えない過去はある。
 でも、悠真がひとりでそれを抱えていることが、なぜか苦しかった。

「……分かった」

 そう答えるしかなかった。

 すると悠真は少しだけ目を細めた。

「悪い」

「ううん」

「ただ」

 彼は一歩だけ近づいて、美桜の手の中の紙をそっと取り返した。

「おまえに隠したいわけじゃない」

 心臓が、どくんと大きく鳴る。

「え……」

「まだ、話す順番が違うだけだ」

 その言い方は不器用で、でもまっすぐだった。
 冷たく見えるのに、こんなふうにちゃんと言葉をくれるからずるい。

 美桜が何も言えずにいると、悠真は視線をそらして言った。

「とりあえず、俺のノートを確認する」

「う、うん」

「春宮も来るか」

 その一言に、さっきまで少しだけ痛かった胸がふわっと軽くなる。

「行く」

「なら急げ」

 そう言って歩き出す背中を、美桜は慌てて追いかけた。

 きっと悠真には、誰にも話していない秘密がある。
 そして犯人は、その過去に関わる何かを探している。

 放課後の光が長く廊下を染める中、美桜は強く思った。

 この事件を解けば、悠真の知らない一面に触れてしまうかもしれない。
 それでも知りたいと思ってしまうのは、もうただの好奇心じゃなかった。
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