歌う人魚と秘密の小屋で

エピローグ 海難事故

陽の落ちる頃。

 私は海が好きだ。打ち寄せる波の音、ツンとくる潮の香り、歩くとザクザクと音を立てて沈み込む白い砂浜。
海に向かって歩いていく。波際で私の足に打ち寄せる波。

一緒に来た友達は離れたところにいる。もう暗くなるけれど、少しくらい海に入ったっていいだろう。

小春はそのまま腰が浸かるくらいもっと深いところに行って、仰向けにぷかりと浮かんでみる。
海に浸かると悩みも溶けていってしまうようだ。

 今年20歳になるけれど、まだ具体的な進路は決まってない。どうしようかなぁ。

考えても、良いアイデアは湧いてこない。やりたい事はあるけれど…

 ボーッと空を眺めていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。
哀しげな旋律。そして綺麗な切ない歌声。男性かなぁ…英語の歌だろうか。何度も海に来ているが、こんなことは初めてだ。

キョロキョロと探してみてもそれらしき人は見当たらない。

小春は気になって、歌の聞こえる方へとゆっくり泳いでいった。
辺りは陽が落ちて暗くなり始めている。
歌が聞こえてくる。それを頼りにどんどん泳いでいった。歌の主に近付いている。

急に波のうねりが強くなる。

まずい…

そこが海難事故が多発する水域だと気づいた時には遅かった。

小春は波に身体をさらわれた。

まずい。
まずい、まずい。

岸に戻らなければ。必死にもがくほど、波は小春を引き摺り込んでいく。海の中で体がぐるりと回った。


さっきまで大好きだった海が、今は暗く冷たく自分を呑み込もうとしている。

バシャバシャ音を立てて水面に顔を出そうとする。けれど、また波に戻される。

「……はっ……」

苦しい。
助けて、誰か。

息が持たない。
もうだめだ。
なんの力も残っていない。

小春の体が海の中に沈んでいく。


その瞬間、誰かに強く抱き寄せられた。

ザパッ!!

水面から出てくる2人の人影。
黒く長い髪が海に広がる。

そしてもの凄いスピードで波間を移動していく。

その時確かに見えたのは、月明かりに照らされてキラキラ輝くエメラルド色の鱗。


「……!おい!」
「目を覚ませ!大丈夫か!」

薄れゆく意識の中で、私に語りかける男の声。


「おーーーい!小春!!大丈夫か!」

遠くから私の名を呼ぶ友達の声。

何がどうなった。分からない。
でも、助かったようだ。

安心した小春はそのまま砂浜に倒れ込むようにして意識を失ってしまった。






< 1 / 11 >

この作品をシェア

pagetop