帝都の夜にあなたを拐う〜怪盗と華族令嬢の恋〜

帝都の夜にあなたを拐う


大正十四年、帝都の夜はガス燈の明かりに揺れていた。青白い光が、舗道を仄白く照らしている。

華族令嬢である私は、自邸の書斎で一人、小説を読み耽っていた。心を解放するように、窓を開けてみたが、見事な程の無風である。

「こんなに風がない退屈な夜を一人で過ごすのは寂しいわ。怪盗でも現れないかしら」

ふと、声にした想いに、黒い影が応える。

「お呼びでしょうか、僕の愛しいお嬢様」

解放していた窓から風が大きく吹き込んできた。

藤色の天鵞絨(ビロード)のカーテンと、その内側にある細かな刺繍が施された白いレースのカーテンが、危険を、或いは、恐怖を察知するかのように揺れた。

そこに立っていたのは、闇を切り取ったような黒いハーフマスクの仮面に、艶がある漆黒のマントを靡かせ、シルクハットを被った長身の男。
 

帝都を騒がせている怪盗、通称『デイドリーム(白昼夢)』。


胸をグッと抑えつけられたような感覚に陥る。
しかし、私が怯えた声を発するより早く、彼は無音のまま滑り込み、私の前に跪いた。

絹の白い手袋に包まれた手が、私の華奢で骨張った手首を優しく、しかし、逃げられないくらいの強さで掴む。

「この部屋にあなたが望むような宝石はありませんわ」

「厳重に施錠された納戸の奥深くに、大型の耐火金庫が鎮座している。プラチナに無数のダイヤモンドを散りばめたティアラや、深海の如きエメラルド。燃え上がるようなルビー。全ての宝石は、その金庫のなかに眠っているのでしょう」

「それがわかっていて、なぜ書斎に?」

声を震わせながらも、正面から向き合い、答えを問う私に、彼は仮面の奥の藍色の瞳を星のように妖しく光らせて微笑んだ。

「そんなに真っ直ぐ見つめないでください。僕は、あなたのその瞳を見るだけで、まだ知らない異世界へ溶けてしまいそうになる」

彼は一瞬だけ視線を逸らした後、再び私の瞳を捉えた。
⋯もう逃げられないかもしれない。

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