犯人の身体で一年間

第六章 会員番号0000



第六章 会員番号0000


 カチ。

 湊が触れていないのに、扉の鍵が開いた。

 地下室の奥。

 母の身体を使っている0001は何も言わず、その扉を見つめている。

「開けて」

 向こうから声がした。

 子供にも聞こえる。

 老人にも聞こえる。

 男にも女にも聞こえる。

 何人もの声を無理やり一つに重ねたような、不自然な声だった。

「ずっと待ってた」

 湊は取っ手を握ったまま動けない。

「二十三番目」

 自分が何番目なのか。

 それを知った時から何度も呼ばれてきた数字なのに、今だけは自分の名前よりも重く感じた。

「今度こそ」

 一拍。

「終わらせよう」

 湊は0001を見る。

「この中にいるのが、本物の0000なんだな」

「そう呼ばれている」

「また曖昧な言い方だな」

「中を見れば分かる」

「危険なんだろ」

「もちろん」

「止めないのか」

 0001は少し考えてから答えた。

「止めてほしい?」

「……いや」

「なら開ければいい」

 湊は扉へ向き直る。

 怖い。

 ここまで来て初めて、その感情をはっきり認めた。

 家族を襲った犯人の身体へ入った時よりも。

 警察に追われた時よりも。

 自分が二十三番目の相沢湊だと知った時よりも。

 この扉の向こうを見ることが怖かった。

 なぜなら。

 そこには犯人ではなく。

 自分の正体がいる。

 そんな気がしていた。

 湊は取っ手を下げた。


◇


 扉の向こうは暗かった。

 スマートフォンのライトを向ける。

 狭い部屋。

 十畳ほど。

 壁一面にモニターが並び、床には大量のケーブルが這っている。

 中央。

 一台の椅子。

 いや。

 医療用のベッドに近い。

 そこに。

 誰かが横たわっていた。

「……」

 湊は一歩だけ中へ入る。

 人間。

 それは分かる。

 しかし。

 顔には白い布。

 身体には無数のコード。

 胸元から伸びる管。

 指先。

 細い。

 老人ではない。

「これが」

 湊は声を落とした。

「0000?」

 後ろから0001が入ってくる。

「そう」

「何歳なんだ」

「分からない」

「分からない?」

「身体年齢と記憶年齢が一致していないから」

 湊はベッドへ近づく。

「布」

「取らない方がいい」

「なんで」

「見たら名前を呼ぶ」

「誰の」

「だから取らない方がいい」

 湊は手を止める。

 その時。

 モニターが一斉に点いた。

 真っ黒だった画面。

 一つ。

 また一つ。

 数字が表示されていく。

 0001。

 0002。

 0003。

 0004。

 0005。

 数は増え続ける。

「会員番号?」

「違う」

 0001が答える。

「記憶番号」

「何が違う」

「会員番号は人間につけられる」

「じゃあ記憶番号は」

「人格につけられる」

 湊は画面を見る。

 0021。

 0022。

 0023。

 そこで止まらない。

 0024。

 0025。

 0026。

「待て」

 湊の表情が変わる。

「二十四人じゃないのか」

「相沢湊はね」

「じゃあこれは」

 数字。

 0060。

 0091。

 0138。

 0204。

 最後。

 0317。

 湊は言葉を失った。

「三百十七?」

「保存されている人格の数」

「全部ここに?」

「そう」

「誰の記憶なんだ」

「色々」

「死んだ人?」

「生きている人もいる」

「本人は知ってる?」

「知らない人も多い」

 湊は0001を見る。

「交換屋って何なんだよ」

 0001は答えなかった。


◇


 ベッド。

 布の下。

 人間が少し動いた。

 指。

 ぴくりと。

「生きてる」

「言ったでしょう」

「意識は?」

「ある」

「話せる?」

「たぶん」

「じゃあさっきの声」

「この人」

 湊はベッドへ近づく。

「0000」

 その瞬間。

 警告音。

 ピッ。

 モニター。

『NAME DETECTED』

「何だ」

 0001が湊の腕を掴む。

「名前じゃないから大丈夫」

「0000でも反応するのか」

「識別名だから」

 ベッドの人物。

 ゆっくり。

 右手を上げる。

 布。

 自分で掴む。

「待て」

 湊。

 しかし。

 布が外れた。

「……」

 湊は息を止める。

 顔。

 知っている。

 いや。

 毎日見ていた。

 ずっと。

 何年も。

「嘘だろ」

 口から自然に言葉が出た。

 ベッドに横たわっている人物。

 その顔は。

 相沢湊ではなかった。

 黒瀬直人でもない。

 沙耶でもない。

 父でも。

 母でも。

 美咲でもない。

 高齢の男性。

 六十代くらい。

 痩せている。

 頬は落ち。

 髪は白い。

 それでも。

 湊は知っていた。

「……先生」

 言った瞬間。

 0001の表情が変わった。

「名前を言わないで!」

「え」

 モニター。

『NAME INPUT』

『先生』

『IDENTIFICATION FAILED』

 警告音。

 ベッドの男が笑った。

「先生」

 掠れた声。

「そう呼ばれていた時期もあった」

 湊は後ずさる。

「誰なんだ」

「君は知っている」

「知らない」

「知っているよ」

「俺の記憶にいるのか」

「いる」

「どこに」

「五年前より前」

「それは0000の記憶だろ」

「そうだね」

「じゃあお前は0000なのか」

 男は答えない。

「答えろよ」

「その質問には」

 男。

「答えがない」

「何で」

「0000は」

 一拍。

「人間につけられた番号じゃないから」


◇


「どういう意味」

 男は天井を見る。

「最初は」

「……」

「ただの研究だった」

「記憶の?」

「ああ」

「沙耶の病気を治すため?」

 男が笑った。

「君はまだそう聞かされているのか」

「違うのか」

「彼女の病気は」

 一拍。

「存在しない」

 湊は眉を寄せた。

「何」

「沙耶は病気ではなかった」

「でも0000の記憶では」

「作られた記憶だ」

「じゃあ病院は」

「研究施設」

「死ぬって言われてたのは」

「実験へ参加させるための設定」

 湊は0001を見る。

「知ってた?」

 0001は答えない。

「お前も沙耶なんだろ」

「……」

「知ってたのか!」

「私にも」

 0001。

「どの記憶が本物なのか分からない」

 男が小さく笑う。

「それが成功の証明だ」

「何が」

「記憶は事実である必要がない」

「……」

「本人が事実だと思えば」

 男。

「それは人生になる」

 湊の拳に力が入る。

「ふざけんな」

「怒るか」

「当たり前だろ」

「なぜ」

「人の人生を何だと思ってる」

「記録」

「違う」

「情報」

「違う!」

「では何だ」

 湊は答えようとした。

 家族。

 思い出。

 時間。

 感情。

 でも。

 それらさえ作れると知ってしまった。

「……分からない」

 男は笑った。

「だから始めたんだ」


◇


「何を」

「人間はどこまで入れ替わっても同じ人間なのか」

「……」

「身体を替える」

「……」

「記憶を替える」

「……」

「名前を替える」

「……」

「家族を替える」

「……」

「それでも」

 男は湊を見る。

「私は私だと言えるのか」

「そのために交換屋を?」

「交換屋は実験装置だ」

 湊の背中が冷える。

「店じゃない?」

「違う」

「会員は」

「被験者」

「ランダム交換は」

「実験」

「一年戻れないって条件は」

「観察期間」

「……」

「一年間別人として生活した人間が、どの時点で新しい身体を自分だと認識し始めるのか」

 男。

「それを見るため」

 湊は言葉を失った。

 あの店。

 静かな店員。

 会員証。

 契約。

 一年間。

 すべて。

「じゃあ」

 湊。

「俺が黒瀬に入ったのも」

「予定されていた」

「ランダムじゃない?」

「一度もランダムだったことはない」

 湊の目が大きくなる。

「最初から」

「ああ」

「俺が黒瀬の身体に入ることは決まってた?」

「そう」

「なんで」

「必要だったから」

「何に」

「昨日の実験に」

「……」

「最終段階」

 男は笑う。

「家族殺害実験」


◇


 湊の顔から表情が消えた。

「今」

「……」

「何て言った」

「家族殺害実験」

「家族を殺したのは」

「誰だと思う」

「実験ってことは」

「そう」

 男。

「計画されていた」

「誰が計画した」

「0000」

「だからお前だろ!」

「違う」

「じゃあ0000って何なんだ!」

 男はゆっくり指を上げる。

 モニター。

 中央。

 今まで何も表示されていなかった一枚。

 画面が点く。

『PROJECT 0000』

「プロジェクト?」

「そう」

「人じゃない」

「最初から」

「じゃあ最初の相沢湊って」

「存在しない」

 湊の呼吸が止まる。

「……」

「最初の相沢湊など」

 男。

「どこにもいない」

「待て」

「0000の記憶」

「待てよ」

「少年」

「黙れ」

「沙耶との思い出」

「黙れって!」

「全部」

 一拍。

「複数の被験者から集めた記憶を使って作った人格だ」

 湊は動けない。

「じゃあ」

「何」

「俺は誰のコピーなんだ」

「コピーではない」

「なら何だ」

「二十三番目の」

 男。

「実験個体」

 湊は男へ近づいた。

 胸ぐらを掴みかける。

 しかし。

 黒瀬の手。

 止まる。

「殺したい?」

 男が聞く。

「……」

「私を」

「……」

「それとも」

 一拍。

「自分を作った人間を?」

 湊は拳を下ろした。

「誰だ」

「何」

「0000を作った人間」

 男は答えない。

「お前か」

「一部は」

「他は」

「たくさんいる」

「誰」

「医師」

「……」

「心理学者」

「……」

「技術者」

「……」

「そして」

 男は0001を見る。

「被験者自身」

 0001の表情が変わった。


◇


「沙耶も?」

「その名前を使うなら」

 男。

「そうだ」

「何をした」

「人格設計」

「自分の?」

「相沢湊の」

 湊は0001を見る。

「お前が俺を作った?」

「違う」

「今こいつが」

「私は」

 0001の声が震える。

「覚えてない」

「またそれか」

「本当に」

「都合よすぎるだろ!」

「記憶を消したから!」

 初めて。

 0001が声を荒らげた。

「私だって!」

 母の顔。

 母の声。

 でも。

 泣いているのは別人。

「自分が何をしたのか全部覚えてるわけじゃない!」

 湊は黙る。

「0001になった時」

「……」

「私には沙耶の記憶が入ってた」

「……」

「だから私は沙耶だと思った」

「違うのか」

「分からない!」

 涙。

「本物の沙耶なんて」

 0001。

「最初からいなかったかもしれない」

 湊は何も言えない。

「私は」

 自分の胸を押さえる。

「誰なの」

 その問い。

 湊自身が。

 ずっと考えていたものだった。


◇


 男がモニターを操作する。

「答えが欲しいなら」

「何」

「昨日を見ればいい」

「事件?」

「そう」

「映像があるのか」

「すべて」

 画面。

『SEPTEMBER 26』

『FINAL TEST』

「昨日の日付」

「開始は午後九時」

 映像。

 自宅。

 リビング。

 父。

 母。

 美咲。

 湊。

 四人。

 普通に食事をしている。

「これ」

 湊の記憶にもある。

 最後の夕食。

 父が仕事の愚痴を言って。

 母が笑って。

 美咲がスマートフォンを見ながら怒られて。

 自分が。

 そこにいた。

「待て」

 湊が画面へ近づく。

「俺がいる」

「いるね」

「でも」

 事件の日。

 自分は確かに家にいた。

「これ二十四番目?」

「違う」

「じゃあ」

 男。

「君だ」

「俺?」

「二十三番目」

「じゃあ今の俺」

「同じ」

「でも俺はそのあと」

「記憶を消された」

 湊は映像を見る。

 午後九時十四分。

 玄関。

 誰かが来る。

 父が出る。

 扉。

 男。

 相沢湊。

「二十四番目」

「そう」

 二人の湊。

 リビング。

 父。

 母。

 美咲。

 誰も驚かない。

「なんで」

「知っていたから」

「家族全員?」

「全員被験者だ」

 湊は目を閉じる。

 分かっていた。

 それでも。

 聞きたくなかった。

 映像。

 母が言う。

『時間ね』

 父。

『本当にやるのか』

 美咲。

『やるしかないよ』

 そして。

 映像の湊。

 自分。

『俺は反対だ』

 現在の湊が画面を見る。

「俺」

『こんなの実験じゃない』

 二十四番目。

『じゃあどうする』

『終わらせる』

『どうやって』

『全部警察に話す』

 父が立ち上がる。

『湊』

『父さんも分かってるだろ』

『……』

『もう終わりにしよう』

 現在の湊。

 胸が苦しくなる。

 昨日。

 自分は知っていた。

 全部。

 交換屋も。

 0000も。

 家族も。

 そして。

 逃げようとしていた。


◇


 午後九時三十一分。

 映像。

 玄関。

 もう一人来る。

「黒瀬」

 黒瀬直人。

 まだ自分が入る前の身体。

 黒瀬が部屋へ入る。

『全員いるな』

 二十四番目。

『予定通り』

 美咲が黒瀬を見る。

『本当に必要?』

『必要だ』

『でも』

『このままだと全員消される』

 父。

『交換先は』

『準備してある』

 母。

『誰が誰に入る』

 二十四番目が紙を出す。

 交換表。

 現在の湊は画面へ顔を近づける。

「見せろ」

 男が拡大する。

 文字。

 父――交換先 1055

 母――交換先 0001

 美咲――交換先 0418

 そして。

 二十三番目。

 相沢湊――交換先 黒瀬直人

「……」

 現在の湊。

 自分。

 黒瀬の身体。

「最初から」

「そう」

「全員逃がすため?」

「二十四番目が計画した」

「じゃあ」

 家族は殺されたのではない。

 交換した。

 別の身体へ。

「死体は」

「用意された」

「誰の」

 男は答えない。

「誰の身体を使った!」

「交換後」

 男。

「空になった身体」

「空?」

「正確には」

 一拍。

「戻る記憶を失った身体」


◇


 映像。

 午後九時四十八分。

 地下室。

 家族。

 一人ずつ椅子へ座る。

 父。

 母。

 美咲。

 交換。

 画面。

『TRANSFER COMPLETE』

 その直後。

 異常。

 警報。

『ERROR』

「何が起きた」

 男。

「計画外の接続」

 映像。

 モニター。

『MEMBER 0000 CONNECTING』

「プロジェクト?」

「そう」

 家中の電気が消える。

 映像。

 ノイズ。

 次。

 リビング。

 誰かが倒れている。

 血。

 現在の湊は目を逸らしかける。

 でも見る。

「誰」

「分からない」

「映像あるだろ」

「顔を見ろ」

 倒れている人物。

 顔。

 ノイズ。

 映らない。

「なんで」

「名前がないから」

「何」

「この人間には」

 男。

「登録された名前がない」

 湊の背中が冷える。

 次。

 もう一人。

 倒れる。

 次。

 誰かが走る。

 次。

 黒瀬。

 いや。

 美咲が入った黒瀬。

 地下へ。

 次。

 二十四番目。

 血のついた手。

「こいつが殺した?」

「見続けろ」

 映像。

 二十四番目が床に座り込む。

『違う』

 誰かへ。

『こんなの予定になかった』

 その前。

 立っている人物。

 映像が乱れている。

「誰だ」

「分からない」

『お前は誰だ』

 二十四番目が聞く。

 人物。

 答える。

『0000』

 湊の呼吸が止まる。

『本物の?』

 人物。

『本物なんていない』

 そして。

 画面の向こう。

 カメラを見る。

『でも』

 一拍。

『最初は必要だ』

 映像。

 終了。


◇


「これが事件?」

「記録されている範囲では」

「じゃあ家族を襲ったのは0000?」

「正確には」

 男。

「0000を名乗る誰か」

「誰なんだ」

「それを特定するのが」

「……」

「最終実験」

 湊は男を見る。

「まさか」

「そう」

「俺が犯人を探してること自体」

「実験?」

「最初から」

 湊は笑った。

 笑うしかなかった。

「全部」

「……」

「俺が店に入ったのも」

「そう」

「黒瀬と交換したのも」

「そう」

「警察が来たのも」

「警察は本物だ」

「でもそれも計算してた」

「ある程度は」

「Sのメッセージも」

「そう」

「0001も」

「そう」

「今ここにいるのも」

「そう」

 湊は拳を握る。

「ふざけんなよ」

 男は黙っている。

「俺の人生を」

 一歩。

「勝手に物語みたいに作って」

 一歩。

「何が実験だよ」

 男の前。

「俺は人間だ」

「証明できる?」

 その言葉。

 何度目だろう。

 でも。

 今度は。

 湊は迷わなかった。

「できる」

 男の表情が変わる。

「どうやって」

「俺がそう思ってる」

「……」

「それで十分だ」

 男は。

 初めて。

 何も言い返さなかった。


◇


 その時。

 地下室。

 警報。

 赤いランプ。

「何」

 0001がモニターを見る。

「警察」

「ここに?」

「違う」

 画面。

 家の外。

 警察車両。

 人。

「見つかった?」

「それだけじゃない」

 別画面。

 交換屋。

 警察。

 入口。

 店員。

 連行されている。

「店が」

「捜査対象になった」

 湊の顔色が変わる。

「どうして」

「黒瀬直人」

 男。

「君だ」

「俺?」

「警察は黒瀬を追っていた」

「分かってる」

「でも」

 男。

「一時間前」

「何」

「黒瀬直人が警察署へ出頭した」

 湊は動けない。

「……は?」

「本人を名乗る男が」

「俺はここにいる」

「身体は一つとは限らない」

 画面。

 警察署。

 取調室。

 一人の男。

 座っている。

 顔。

 黒瀬ではない。

「誰」

「音声」

 男が再生する。

 取調室。

 刑事。

『名前は』

 男。

『黒瀬直人』

『身分証は』

『ありません』

『あなたは黒瀬直人ではないでしょう』

 男は笑う。

『身体は違います』

『何を言っている』

『でも中身は』

 一拍。

『黒瀬直人です』

 現在の湊。

 息を止める。

 本物の黒瀬。

 別の身体。

「生きてた」

「そうだ」

「じゃあ聞ける」

「何を」

「昨日何があったか」

 男は答えない。

「黒瀬なら知ってる」

「そうだね」

「警察署へ行く」

「その身体で?」

 湊は自分を見る。

 黒瀬の身体。

 殺人事件の容疑者。

「……」

「入った瞬間逮捕される」

「それでも」

「一年間戻れない」

「分かってる」

「逮捕されれば」

「分かってる!」

「交換屋も使えない」

「それでも!」

 湊は男を見る。

「終わらせるんだろ」

「……」

「だったら」

 一拍。

「もう逃げない」


◇


 その時。

 モニター。

 黒瀬の取調室。

 男が突然カメラを見る。

「……?」

 まるで。

 こちらを見ている。

 刑事。

『どうしました』

 黒瀬。

『見てる』

『誰が』

『相沢湊』

 現在の湊の体が固まる。

『どこにいるんです』

『知らない』

『ではなぜ』

 黒瀬が笑う。

『分かるから』

 そして。

 カメラへ。

『湊』

 現在の湊。

「……」

『警察に来るな』

「何で」

 聞こえるはずがない。

 それでも。

 黒瀬は続ける。

『お前が来たら』

 一拍。

『また昨日と同じになる』

 刑事。

『昨日何があった』

 黒瀬は答えない。

『家族を殺したのはあなたですか』

 長い沈黙。

 そして。

 黒瀬。

『違います』

『では誰です』

 黒瀬はカメラを見る。

『相沢湊です』

 現在の湊。

 息を止める。

「どの」

 画面の黒瀬。

 まるで質問が聞こえたように。

『最初の』

 一拍。

『相沢湊』

 地下室。

 静まり返る。

「最初なんていないって」

 湊は男を見る。

「お前言ったよな」

「ああ」

「じゃあ黒瀬は誰の話をしてる」

「分からない」

「嘘だ」

「本当に」

 その時。

 黒瀬が取調室で言った。

『会員番号じゃない』

 湊は画面へ向く。

『最初の相沢湊は』

 一拍。

『交換屋ができる前にいた』

 ベッドの男。

 表情が変わった。

「……」

 湊は見逃さない。

「知ってるな」

「……」

「誰なんだ」

 男は答えない。

「言え!」

「死んでいる」

「誰」

「二十年前」

「名前」

「……」

「名前は!」

 男は目を閉じた。

「相沢湊」

「それは分かってる」

「違う」

 男。

「本当に」

 一拍。

「その名前で生まれた人間だ」

 湊は言葉を失う。


◇


「俺たちは」

「彼を元に作られた」

「誰だった」

「普通の少年」

「沙耶は」

「いた」

「本物?」

「ああ」

「二人は」

「幼なじみ」

 湊の胸が痛む。

 作られた記憶だと思っていたもの。

 そのさらに奥に。

 本物があった。

「何が起きた」

「事故」

「どんな」

「記憶保存実験」

「交換屋の前?」

「そう」

「それで」

 男の声が小さくなる。

「二人とも死んだ」

「……」

「身体は」

「……」

「でも記憶だけが残った」

 湊は0001を見る。

「じゃあ沙耶も」

「私の記憶の元になった人は」

 0001。

「本当にいた」

「じゃあ」

「私がその人かは分からない」

 男が続ける。

「残った二人の記憶から」

「……」

「人格を再構築した」

「それが0000と0001?」

「そう」

「でも失敗した」

「なぜ」

「人間の記憶は」

 男。

「一人分だけ保存されていなかった」

「何」

「湊の中に沙耶」

「……」

「沙耶の中に湊」

「……」

「二人の記憶が混ざっていた」

 湊は第五章を思い出す。

 沙耶の記憶保存。

 その中にあった。

 湊の記憶。

「だから」

「分けられなかった」

「じゃあ0000って」

「相沢湊だけじゃない」

 男。

「相沢湊と沙耶」

 一拍。

「二人を分離しようとして生まれた人格」

 湊の背中が冷える。

「つまり」

「最初から」

 男。

「0000の中には二人いる」


◇


 その瞬間。

 地下室。

 ベッドの横。

 モニター。

 表示。

『PROJECT 0000』

 その下。

『ACTIVE PERSONALITY』

 文字。

 湊は見る。

『SAAYA』

「……」

 0001が息を呑む。

「嘘」

 男も画面を見る。

「そんな」

「何だよ」

 湊。

「どういう意味」

 表示。

 更新。

『CURRENT HOST』

 読み込み。

 10%。

 25%。

 48%。

 73%。

 100%。

 名前。

 湊は動けなくなった。

『HOST:KUROSE NAOTO』

「……」

 自分。

 今使っている身体。

「待て」

 男が起き上がろうとする。

「ありえない」

「何が」

「0000はここにいる」

「でも画面は」

「違う」

 男が初めて焦っている。

「いつ移った」

「何の話」

「記憶接続」

 男が0001を見る。

「さっき!」

「何」

「沙耶の記憶に入った時」

 湊の表情が変わる。

 第五章。

 交換屋。

 0001の記憶。

 そして。

 0000との会話。

「接続した」

「そう」

「その時に」

 男。

「移動した」

「何が」

「0000」

 湊は自分の胸を見る。

「俺の中に?」

 モニター。

『PROJECT 0000 ACTIVE』

『HOST:KUROSE NAOTO』

 警告。

『MEMORY INTEGRATION』

 1%。

「何だこれ」

 2%。

「止めろ」

 3%。

 0001が端末を操作する。

「止まらない」

「何が起きる!」

「統合」

「だから何が!」

「あなたの記憶と」

 0001。

「0000の記憶が一つになる」

「それで?」

「二十三番目の相沢湊は」

 一拍。

「消える」


◇


 5%。

 湊は端末へ走る。

「止め方!」

「分からない」

「お前作ったんだろ!」

「覚えてない!」

 7%。

 頭。

 痛み。

「っ!」

 映像。

 知らない記憶。

 雨。

 少年。

 少女。

『湊』

 沙耶。

 違う。

 もっと昔。

 本物。

『私のこと忘れないでね』

『忘れるわけない』

 次。

 病院。

 事故。

 警報。

『記憶領域が混線しています』

 次。

 誰かが叫ぶ。

『二人とも切断しろ!』

 次。

 白。

 次。

 暗闇。

 声。

『湊?』

『沙耶?』

『ここどこ』

『分からない』

 二人。

 一つの場所。

 身体がない。

 記憶だけ。

「これ」

 湊は頭を押さえる。

「本物の記憶?」

 10%。

 さらに。

 映像。

 二十年前。

 研究室。

 白衣の男。

 若い。

 湊は顔を見る。

 ベッドにいる男。

「お前」

 男は黙る。

「お前がやったのか」

「……」

「二人を実験に使った?」

「違う」

「何が違う!」

「事故だった!」

 男が叫ぶ。

「二人を殺すつもりなんてなかった!」

「じゃあなんで!」

「息子を」

 男の声が止まる。

「……何」

 湊。

 男は顔を伏せる。

「息子を助けたかった」

「誰」

 沈黙。

「まさか」

 男。

 泣いている。

「相沢湊は」

 一拍。

「私の息子だった」


◇


 湊は動けなかった。

「じゃあお前は」

「父親」

「本物の」

「ああ」

「名前は」

 男は答えない。

「言うな」

 湊自身が止めた。

 名前。

 ここでは危険。

 男は小さく頷く。

「病気だったのは」

「沙耶じゃない」

「湊?」

「ああ」

「何の」

「脳の病気」

「だから記憶を」

「保存したかった」

「死んでも残るように?」

「最初は」

 男。

「それだけだった」

 第五章。

 0000が言った言葉。

 忘れたくなかった。

 残したかった。

 声も。

 考え方も。

 全部。

 あれは。

 少年の言葉ではなかった。

「お前の記憶だったのか」

「……」

「息子を失いたくなかった」

「そうだ」

「だから交換屋を作った」

「結果として」

「二十年間」

 湊。

「何人巻き込んだ」

 男は答えない。

「何人だよ」

「……三百十七」

 モニター。

 記憶番号。

 0317。

 湊は目を閉じた。

「全部」

「……」

「一人の子供を取り戻すため?」

「最初は」

「今は?」

 男は湊を見る。

「分からない」

 その顔。

 もう研究者ではなかった。

 ただ。

 二十年前に子供を失った父親に見えた。


◇


 統合。

 18%。

 0001。

「時間がない」

「止める方法」

「一つ」

「何」

「0000を別の身体へ移す」

「誰に」

 0001は答えない。

「お前?」

「可能」

「ダメだ」

「なぜ」

「お前が消える」

「私は何度も複製されてる」

「関係ない」

「……」

「今ここにいるお前は一人だろ」

 0001が湊を見る。

「それを」

「何」

「二十三番目が言うんだ」

「悪いか」

 0001は少し笑った。

「変わったね」

「誰と比べて」

「一年前のあなた」

「覚えてるのか」

「少し」

「どんな奴だった」

「もっと」

 0001。

「自分が本物かどうかにこだわってた」

「今はどうでもいい」

「どうして」

「俺は俺だから」

 0001は笑った。

 母の顔で。

 でも。

 その笑い方は。

 湊の知らない誰かだった。

「やっぱり」

「何」

「あなたが一番」

 0001。

「相沢湊らしい」


◇


 21%。

 突然。

 家の上。

 大きな音。

 ドン。

「警察」

 モニター。

 玄関。

 捜査員。

「時間ない」

 0001。

「別の出口」

「ある?」

「交換屋へ繋がる通路」

「行こう」

「待って」

 男。

「何」

「持っていけ」

 小さなケース。

 USBメモリ。

「何」

「全記録」

「交換屋の?」

「二十年間」

「証拠?」

「ああ」

「警察に出せって?」

「君が決めろ」

 湊は受け取る。

「お前は」

「ここに残る」

「捕まるぞ」

「それでいい」

「逃げないのか」

「二十年」

 男。

「逃げた」

 湊は何も言わない。

「もう」

「……」

「十分だ」

 上。

 足音。

 近づいている。

「一つ聞く」

「何」

「昨日」

 湊。

「本当に誰か死んだのか」

 男は答える。

「一人」

「誰」

「分からない」

「なんで」

「名前が消されている」

「0000に?」

「ああ」

「じゃあそれを見つければ」

「事件の中心に辿り着く」

「どこを調べる」

 男。

「警察の遺体記録」

「でも俺は警察に」

「黒瀬がいる」

「本物の黒瀬」

「あいつなら」

 一拍。

「死んだ人間の名前を覚えている」


◇


 統合。

 27%。

 頭。

 また記憶。

 昨日。

 家。

 誰かが叫ぶ。

『やめろ!』

 血。

 床。

 男。

 顔が見えない。

 でも。

 声。

『湊』

 誰?

『俺だ』

 誰だ。

『思い出せ』

 顔。

 少しだけ。

 見える。

「……知ってる」

 湊は立ち止まる。

「何」

 0001。

「死んだ人」

「思い出した?」

「違う」

「じゃあ」

「声」

 胸が苦しい。

「知ってる」

「誰」

「分からない」

 記憶。

 もう一度。

『湊』

 優しい声。

『もうやめよう』

 誰。

『家族ごっこは』

 湊の目が開く。

「家族?」

 記憶。

 男。

『俺たちは最初から』

 ノイズ。

『――なんだから』

「聞こえない」

 次。

 血。

 倒れる。

 最後。

 男の手。

 湊の腕を掴む。

『お前だけでも』

 一拍。

『本物になれ』

 記憶が切れた。


◇


「行くぞ」

 0001が隠し扉を開ける。

 細い通路。

 湊は入る。

 振り返る。

 男。

 ベッド。

 モニター。

「なあ」

「何」

「本物の相沢湊が生きてたら」

「……」

「俺たちはどうなる」

 男は少し考える。

「何も」

「え」

「君は君だ」

 湊は笑った。

「さっきまで証明しろとか言ってたくせに」

「……」

「今さらそれかよ」

 男も少し笑う。

「二十年かかった」

「何が」

「その答えに気づくまで」

 上。

 扉が破られる音。

「行け」

 湊は通路へ入る。

 扉。

 閉まる。


◇


 暗い通路。

 0001と二人。

「どこまで」

「交換屋の裏」

「どれくらい」

「十分」

 統合。

 31%。

「まずい?」

「かなり」

「何%で消える」

「100」

「途中で止めれば」

「戻れる」

「止められなかったら」

「あなたの記憶と0000が統合される」

「死ぬ?」

「違う」

「じゃあ」

「あなたは」

 0001。

「自分が消えたことにも気づかない」

 湊は黙る。

 それが。

 一番怖かった。

 死ぬよりも。

 自分ではなくなること。

「急ごう」

 二人は走る。


◇


 途中。

 湊のスマートフォン。

 着信。

 非通知。

「誰」

 出る。

「もしもし」

『相沢湊さんですね』

 男の声。

「誰ですか」

『警察です』

 湊の足が止まる。

『黒瀬直人を名乗る人物から、あなたへ伝言があります』

「何ですか」

『直接話したいと』

「警察署で?」

『いえ』

「じゃあ」

 電話の向こう。

 少し沈黙。

『彼が』

「……」

『取調室から消えました』

「は?」

『防犯カメラには』

 一拍。

『出ていく姿が映っていません』

 湊は0001を見る。

「交換した?」

 0001が小さく言う。

「可能性はある」

 警察。

『それともう一つ』

「何です」

『取調室の壁に』

「……」

『あなた宛てと思われる文字が残されています』

「何て」

 警察官が読む。

『一年待つ必要はない』

 湊の表情が変わる。

『交換屋は』

 一拍。

『今日で終わる』

 通話。

 切れる。


◇


「黒瀬」

 湊はスマートフォンを見る。

「何する気だ」

「交換屋を壊すつもりかも」

「壊したら」

「交換できなくなる」

「一年後も?」

「永久に」

「じゃあ俺は」

「黒瀬の身体のまま」

「美咲たちは」

「戻れない」

 湊は走り出す。

「急ぐぞ!」

 統合。

 38%。

 通路。

 出口。

 扉。

 0001が開ける。

 交換屋。

 裏。

 しかし。

「……」

 静かだった。

 店員はいない。

 警察もいない。

 店内。

 荒れている。

 椅子。

 倒れている。

 端末。

 破壊されている。

「遅かった?」

 0001が奥へ走る。

「メインシステム!」

 湊も続く。

 交換室。

 扉。

 開く。

 中。

 一人。

 立っている。

「……」

 男。

 知らない身体。

 でも。

 湊には分かった。

「黒瀬?」

 男が振り返る。

「よう」

「本物の黒瀬?」

「中身はな」

「何してる」

「終わらせる」

「待て」

「二十年も続いた」

「俺の家族がまだ」

「家族?」

 黒瀬が笑う。

「お前」

 一歩。

「まだそんなこと言ってんのか」

「何」

「昨日死んだ奴」

 湊の表情が変わる。

「知ってるんだろ」

「ああ」

「誰」

「思い出してない?」

「名前が消えてる」

「そりゃそうだ」

「なんで」

 黒瀬。

「お前が消したから」

「俺が?」

「昨日」

「……」

「そいつを殺したあと」

「待て」

「自分で」

 黒瀬。

「そいつの名前を消した」

「俺は殺してない」

「二十三番目はな」

「じゃあ」

「二十四番目でもない」

「誰だよ」

 黒瀬が湊を見る。

「0000」

「プロジェクトだろ」

「そう」

「人間じゃない」

「でも」

 黒瀬。

「昨日だけ」

 一拍。

「身体を持った」

 湊は自分を見る。

「誰の身体」

「それを知ったら」

 黒瀬が笑う。

「全部終わる」


◇


 統合。

 45%。

 頭痛。

「時間ない」

 0001。

「0000を移さないと」

 黒瀬の表情が変わる。

「移す?」

「ああ」

「やめろ」

「何で」

「そいつを外へ出すな」

「もう俺の中にいる」

「だから」

 黒瀬。

「お前ごと消す」

 湊は固まる。

「何」

 黒瀬の手。

 スイッチ。

「待て!」

「交換屋の中枢を落とす」

「俺はどうなる!」

「統合途中で切断」

「それって」

 0001が叫ぶ。

「人格が壊れる!」

「知ってる」

「やめろ!」

「他に方法ない」

 黒瀬。

「0000を止めるには」

「俺ごと?」

「悪いな」

「ふざけんな!」

 黒瀬の指。

 スイッチへ。

 その時。

 店内。

 声。

「待って」

 三人。

 振り返る。

 入口。

 一人の少女。

 十代。

 制服。

 見たことがない。

 でも。

 湊の胸が。

 強く鳴った。

「誰」

 少女。

 泣いている。

「お兄ちゃん」

 湊の体が固まる。

「……」

 その呼び方。

「美咲?」

 少女は泣きながら頷いた。

 湊。

 思わず一歩。

「美咲!」

 その瞬間。

 警告。

『NAME DETECTED』

 0001。

「ダメ!」

 遅かった。

 少女の身体。

 びくりと震える。

 モニター。

『IDENTITY FIXED』

『NAME:AIZAWA MISA』

 湊の顔色が変わる。

「何した」

 少女。

 顔を上げる。

 しかし。

 さっきまでの表情ではない。

「……」

「美咲?」

 少女は湊を見る。

 首を傾げる。

「誰?」

 湊の呼吸が止まる。

「俺だよ」

「……」

「兄ちゃんだよ」

 少女。

「私に」

 一拍。

「兄はいません」

「……」

 湊は動けない。

 0001が端末を見る。

「記憶が」

「何」

「名前に合わせて再構成されてる」

「戻せ!」

「無理!」

「なんで!」

「あなたが名前を確定したから!」

 黒瀬が目を閉じる。

「だから言っただろ」

「……」

「名前は」

 一拍。

「人を作る」

 湊は少女を見る。

 美咲。

 生きている。

 でも。

 自分を知らない。

「嘘だろ」

 少女の目から。

 なぜか。

 涙が落ちる。

「……」

 本人も不思議そうに頬へ触れる。

「なんで」

 湊。

「何」

「あなたを見ると」

 少女。

「悲しいんだろう」

 湊は何も言えなかった。

 記憶が消えても。

 感情だけ。

 残っている。


◇


 その瞬間。

 統合。

 50%。

 モニター。

 一斉に消える。

 暗闇。

「何!」

 0001。

「半分」

「何が起きる」

「境界がなくなる」

「誰との」

「0000」

 湊の頭。

 激痛。

 そして。

 記憶。

 昨日。

 午後十時二分。

 家。

 血。

 倒れている男。

 今度は。

 顔が見える。

「……」

 湊は息を止める。

 知っている。

 ずっと。

 家族として。

 毎日。

 見ていた。

「嘘」

 男。

 倒れている。

「父さん……?」

 でも。

 違う。

 相沢修一ではない。

 顔は父。

 しかし。

 記憶の中。

 誰かが叫ぶ。

『名前を呼ぶな!』

 倒れた男。

 湊を見る。

『俺は』

 血。

『修一じゃない』

「じゃあ誰」

 記憶の中の自分が聞く。

 男。

 笑う。

『やっと聞いてくれた』

 そして。

 自分の胸へ手を置く。

『俺が』

 一拍。

『黒瀬直人だ』

 現在の湊。

 目を見開く。

「……」

 目の前。

 別の身体にいる黒瀬を見る。

「昨日死んだの」

 黒瀬の表情が変わる。

「……」

「お前?」

 沈黙。

「じゃあ今のお前は」

 黒瀬が笑う。

 その笑い。

 さっきまでと違う。

「ようやく」

「誰だ」

 湊。

「お前誰なんだ」

 黒瀬と名乗っていた男。

 ゆっくり。

 笑う。

「思い出したか」

「……」

「二十三番目」

 0001の顔色が変わる。

「離れて!」

 男。

 一歩。

 湊へ。

「俺は」

 一拍。

「二十四番目だ」

 湊の体が固まる。

「じゃあ黒瀬は」

「昨日死んだ」

「父さんの身体で?」

「そう」

「なんで」

「それを調べるために」

 二十四番目。

「お前を黒瀬の身体へ入れた」

「誰が」

「俺が」

「全部」

「ああ」

「Sも?」

「違う」

「0001は」

「予定外」

「じゃあ」

「俺がやったのは」

 二十四番目。

「お前を犯人の身体へ入れるところまで」

「犯人って」

 湊。

「黒瀬じゃないんだろ」

「そう」

「じゃあ誰」

 二十四番目は。

 湊を見る。

「お前だよ」

「……」

「正確には」

 指差す。

 湊の頭。

「今」

 一拍。

「お前の中にいる」

 モニター。

 統合。

 51%。

『PROJECT 0000』

 二十四番目。

「家族を殺した犯人は」

 静かに。

「会員番号0000」

 そして。

「そいつは今」

 一歩。

「お前になろうとしてる」

 湊は自分の手を見る。

 黒瀬の身体。

 二十三番目の記憶。

 0000。

 混ざり始める。

 誰が自分なのか。

 どこまでが自分なのか。

 もう。

 分からない。

 それでも。

 湊は顔を上げた。

「だったら」

「何」

「消される前に」

 一歩。

 二十四番目へ。

「俺が0000を見つける」

「自分の中から?」

「ああ」

「どうやって」

「知らない」

「無茶だな」

「知ってる」

 湊は笑った。

「でも」

 一拍。

「一年待つ必要がなくなったなら」

 目の前。

 二十四番目。

 0001。

 記憶を失った美咲。

 そして。

 自分の中にいる0000。

「今日で」

 湊。

「全部終わらせる」

 モニター。

 52%。

 その数字の下。

 突然。

 新しい文字が表示された。

『MEMORY OWNER DETECTED』

「何」

 0001が画面を見る。

 顔色が変わる。

「そんな」

「何が出た」

「0000の」

「……」

「元になった記憶の所有者」

 湊は画面へ近づく。

 名前。

 表示される。

 しかし。

 それを見た瞬間。

 誰も言葉を発せなかった。

 相沢湊でもない。

 沙耶でもない。

 黒瀬直人でもない。

 相沢家の誰でもない。

 そこに表示されていたのは。

 この事件を最初から捜査していた。

 一人の刑事の名前だった。

 そして。

 その直後。

 交換屋の入口。

 ドアベルが鳴った。


第六章 会員番号0000 完

――第七章「最初から知っていた刑事」へ続く。
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