もう成仏せんかい!
「だいたい、泥棒って何するの?」
「盗むんや」
「それは知ってる」
「ほな聞くな」
「そうじゃなくて!」
思わず声が大きくなる。
ここは病院だ。
私は一度、息を整えた。
「おじいちゃんも、本当にやってたの?」
「当たり前や。75代目やぞ」
「何、その75代目への絶対的な自信」
「そらもう、若い頃はすごかったで」
おじいちゃんの目が、少しだけ輝いた。
嫌な予感がする。
「ワシにはな、誰にも真似できへん奥義があった」
「奥義?」
「せや」
私は思わず身を乗り出した。
ここまで聞いたら、少しだけ気になる。
金庫を開けるとか。
厳重な警備を突破するとか。
映画みたいに、屋根から忍び込むとか。
おじいちゃんは、ゆっくり口を開いた。
「万引きや」
「…………」
「…………」
「それ、奥義じゃないから」
「甘いな」
「何が?」
「万引きを侮ったらあかん」
「侮るとかじゃなくて犯罪だから」
「ワシくらいになるとな、店に入った瞬間にわかる」
「何が?」
「今日はいける、いうんが」
「いかないでよ」
「若い頃なんか、そらもう――」
「待って」
「なんや?」
「聞きたくない。孫に犯罪自慢しないで」
「なんや。ここからがおもろいのに」
「面白くないよ」
おじいちゃんは不満そうに口を尖らせた。
本当に病人なんだろうか。
「そういや、あの頃やったなぁ」
「何が?」
「トメと出会ったんは」
「……誰?」
「トメや」
「だから誰?」
「ワシの初恋の女や」
「初恋?」
「かわいかったでぇ」
急に声が弾んだ。
泥棒の話をしていた時より嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「目ぇがくりっとしてな。笑うと、えくぼができんねん」
「へえ」
「料理もうまかった」
「そうなんだ」
「中でもな、糠漬けが絶品やった」
「糠漬け?」
「せや。あれ以上の糠漬けは、ワシは今まで食うたことない」
「ずいぶん地味な思い出だね」
「何言うとんねん。トメの糠漬けやぞ」
「知らないよ」
おじいちゃんは天井を見ながら、懐かしそうに目を細めた。
「特にキュウリやな」
「ふうん」
「ええ塩加減でなぁ。ちょっと酸味があって、それがまた白い飯によう合うんや」
「…………」
「ポリッとした歯ごたえも最高やった」
「…………」
何かがおかしい。
私は、おじいちゃんの顔をじっと見た。
「ねえ」
「なんや?」
「その糠漬け、食べたの?」
「…………」
おじいちゃんが黙った。
「…………」
「おじいちゃん?」
目が泳いでいる。
「……食うた」
「糠漬け食ったんかい!」
「………3本」
「本数まで覚えてるの!?」
「忘れられへん味やった」
「初恋の思い出みたいに言わないでよ!」
「初恋の思い出や」
「糠漬けが!?」
もう何の話をしていたのかわからない。
泥棒。
75代目。
万引き。
初恋。
トメ。
糠漬け三本。
私が頭の中を整理している間にも、おじいちゃんは話を続けていた。
「ほんでな、トメが――」
「ちょっと待って」
「なんや?」
「76代目の話は?」
「あとや」
「あとなんだ……」
「まずワシの若い頃の話を聞かんと始まらへん」
「もう十分聞いたよ」
「まだ序の口や」
「いらないよ」
「そう言うな。あれはワシが十九の――」
そこで。
おじいちゃんの声が止まった。
「……おじいちゃん?」
返事がない。
目を閉じている。
「…………」
さっきまであんなに喋っていたのに。
急に静かになった。
「おじいちゃん?」
私は椅子から立ち上がった。
「ちょっと……」
肩に手を伸ばす。
その瞬間。
「ぐぅ……」
「…………」
「ぐぅ……」
「…………寝てる?」
返事はない。
ただ、規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
私は、ゆっくり椅子に座り直した。
「こんなところで寝る!?」
一人で心配した自分が、ものすごく馬鹿らしくなった。
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