もう成仏せんかい!
どれくらい経っただろう。
私は椅子に座ったまま、スマホを眺めていた。
「……ん」
声がした。
顔を上げる。
おじいちゃんが、ゆっくり目を開けた。
「起きた?」
「寝とったんか?」
「寝てたよ」
「そうか」
「しかも話の途中で」
「どこまで話した?」
「トメさんの糠漬け三本」
「そうやったな」
「そこだけは覚えてるんだ」
「忘れられへん味やからな」
「もう糠漬けはいいよ」
私はスマホを鞄にしまった。
「それより、76代目の話は?」
「ああ」
おじいちゃんは少し考えた。
「まあ、それはおいおい話すとしてやな」
「おいおい!?」
「まだ時間はある」
「さっき『喋れるうちに』って言ったの誰?」
「ワシや」
「だったら早く話してよ!」
「せっかちなやっちゃなぁ」
誰のせいだ。
おじいちゃんは枕に頭を預けたまま、天井を見つめた。
「そうや」
「なに?」
「大事なこと忘れとった」
「今度は何?」
「お前にな」
「うん」
「遺産がある」
「…………」
「…………」
「……遺産?」
「せや」
私は椅子を引き寄せた。
「どのくらい?」
「なんや急に」
「別に。聞いただけ」
「さっきまで帰りたそうな顔しとったやないか」
「してないよ」
「しとった」
「してない。それで?」
「何がや?」
「遺産」
「食いつくなぁ」
「食いついてないよ」
私はさらに椅子をベッドへ近づけた。
「それで、何があるの?」
「まあ、いろいろや」
「いろいろって?」
「そら、お前……」
「うん」
「ワシも75代目として、それなりに……」
「それなりに?」
「…………」
「おじいちゃん?」
目が閉じた。
「…………」
嫌な予感がした。
「ねえ」
返事がない。
「おじいちゃん?」
動かない。
「ちょっと」
私は立ち上がった。
「おじいちゃん!」
肩を揺らす。
反応がない。
さっきとは違う。
寝息も聞こえない。
「おじいちゃん……?」
急に怖くなった。
「やだ……」
手を握る。
「おじいちゃん!」
返事がない。
「やだよ!」
目の奥が熱くなった。
「まだ死んじゃやだぁ!」
声が震える。
「遺産の話もしてないじゃん!」
「…………」
「おじいちゃん!」
「…………ぐぅ」
「…………」
「ぐぅ……」
「…………」
私は涙を拭いた。
そして。
握っていた手を、そっと布団の上へ戻した。
「……寝てんのかい」
「ぐぅ……」
「二回目だよ!」
その時。
病室の扉が開いた。
「どうしました?」
先生が入ってきた。
「先生!」
私はベッドを指さした。
「おじいちゃんが!」
先生がおじいちゃんを見る。
「……眠ってますね」
「はい!」
「よく眠れているみたいですね」
「ものすごく!」
先生は少し不思議そうな顔をした。
「何かありました?」
「遺産の話の途中で寝ました」
「…………」
先生が黙った。
「私、まだ金額も聞いてないんです」
「…………」
「何があるのかも」
「……そうですか」
「はい」
先生は、それ以上何も聞かなかった。
たぶん。
聞かない方がいいと思ったんだと思う。
私は椅子に座ったまま、スマホを眺めていた。
「……ん」
声がした。
顔を上げる。
おじいちゃんが、ゆっくり目を開けた。
「起きた?」
「寝とったんか?」
「寝てたよ」
「そうか」
「しかも話の途中で」
「どこまで話した?」
「トメさんの糠漬け三本」
「そうやったな」
「そこだけは覚えてるんだ」
「忘れられへん味やからな」
「もう糠漬けはいいよ」
私はスマホを鞄にしまった。
「それより、76代目の話は?」
「ああ」
おじいちゃんは少し考えた。
「まあ、それはおいおい話すとしてやな」
「おいおい!?」
「まだ時間はある」
「さっき『喋れるうちに』って言ったの誰?」
「ワシや」
「だったら早く話してよ!」
「せっかちなやっちゃなぁ」
誰のせいだ。
おじいちゃんは枕に頭を預けたまま、天井を見つめた。
「そうや」
「なに?」
「大事なこと忘れとった」
「今度は何?」
「お前にな」
「うん」
「遺産がある」
「…………」
「…………」
「……遺産?」
「せや」
私は椅子を引き寄せた。
「どのくらい?」
「なんや急に」
「別に。聞いただけ」
「さっきまで帰りたそうな顔しとったやないか」
「してないよ」
「しとった」
「してない。それで?」
「何がや?」
「遺産」
「食いつくなぁ」
「食いついてないよ」
私はさらに椅子をベッドへ近づけた。
「それで、何があるの?」
「まあ、いろいろや」
「いろいろって?」
「そら、お前……」
「うん」
「ワシも75代目として、それなりに……」
「それなりに?」
「…………」
「おじいちゃん?」
目が閉じた。
「…………」
嫌な予感がした。
「ねえ」
返事がない。
「おじいちゃん?」
動かない。
「ちょっと」
私は立ち上がった。
「おじいちゃん!」
肩を揺らす。
反応がない。
さっきとは違う。
寝息も聞こえない。
「おじいちゃん……?」
急に怖くなった。
「やだ……」
手を握る。
「おじいちゃん!」
返事がない。
「やだよ!」
目の奥が熱くなった。
「まだ死んじゃやだぁ!」
声が震える。
「遺産の話もしてないじゃん!」
「…………」
「おじいちゃん!」
「…………ぐぅ」
「…………」
「ぐぅ……」
「…………」
私は涙を拭いた。
そして。
握っていた手を、そっと布団の上へ戻した。
「……寝てんのかい」
「ぐぅ……」
「二回目だよ!」
その時。
病室の扉が開いた。
「どうしました?」
先生が入ってきた。
「先生!」
私はベッドを指さした。
「おじいちゃんが!」
先生がおじいちゃんを見る。
「……眠ってますね」
「はい!」
「よく眠れているみたいですね」
「ものすごく!」
先生は少し不思議そうな顔をした。
「何かありました?」
「遺産の話の途中で寝ました」
「…………」
先生が黙った。
「私、まだ金額も聞いてないんです」
「…………」
「何があるのかも」
「……そうですか」
「はい」
先生は、それ以上何も聞かなかった。
たぶん。
聞かない方がいいと思ったんだと思う。