もう成仏せんかい!
先生が病室を出てから、しばらくして。
「……ん」
おじいちゃんが目を開けた。
私はすぐに椅子をベッドへ寄せた。
「おじいちゃん」
「なんや」
「遺産」
「起きて一発目がそれかい」
「だって途中だったじゃん」
「そうやったか?」
「そうだよ!」
私は身を乗り出した。
「それなりに何?」
「何が?」
「75代目として、それなりにって言ったでしょ」
「ああ……」
おじいちゃんが天井を見た。
「そうやったなぁ」
「それで?」
「まあ、いろいろ残しとる」
「だから、そのいろいろを教えて」
「焦んな」
「焦るよ!」
また寝られたらたまらない。
「現金?」
「まあ、それもある」
目の色が変わった。
「いくら?」
「金の話ばっかりすんな」
「おじいちゃんが遺産って言ったんでしょ!」
「品がないなぁ」
「泥棒に言われたくない!」
おじいちゃんが笑った。
さっきまで二度も死んだと思って泣きそうになったのに。
この人は。
本当に。
「それで?」
「なんや?」
「他には?」
「そうやなぁ……」
おじいちゃんは少し考えた。
「昔、使っとった道具なんかもあるな」
「いらない」
「なんでや。75代目の大事な道具やぞ」
「犯罪の証拠でしょ」
「歴史や」
「証拠だよ」
「お前はほんま、夢がないなぁ」
「泥棒に夢を求めないで」
「ワシが若い頃なんか――」
「昔話はいいから!」
「なんや。ええとこやのに」
「遺産!」
「わかった、わかった」
おじいちゃんは面倒くさそうに手を振った。
「ほんま、せっかちな孫やな」
「二回も寝た人に言われたくない」
「年寄りは眠いんや」
「遺産の話が終わるまで起きてて」
「無茶言うな」
「無茶じゃない!」
おじいちゃんは、しばらく私の顔を見ていた。
やがて。
ふっと笑った。
「お前、小さい頃から変わらんなぁ」
「何が?」
「欲しいもん見つけた時だけ、目ぇキラキラさせよる」
「してない」
「しとる」
「してません」
「トメもそうやった」
「…………」
嫌な名前が出てきた。
「なんで今、トメさんが出てくるの?」
「トメもなぁ、欲しいもん見つけた時は、すぐ顔に出よった」
「遺産の話は?」
「ある日なんか、商店街歩いとったらな」
「おじいちゃん」
「漬物屋の前で急に立ち止まってやな」
「聞いてる?」
「糠床をじーっと見とんねん」
「また糠漬け!?」
「トメの糠床はなぁ、ほんまにええ匂いしとった」
「遺産!」
「毎日ちゃんとかき混ぜとったからな」
「遺産!」
「夏場なんか特に――」
「遺産の話して!」
「せやから焦んな言うとるやろ。まずトメの糠床の話から――」
「もういい!」
私は立ち上がった。
おじいちゃんが目を丸くする。
泥棒の家系。
75代目。
奥義は万引き。
初恋のトメさん。
糠漬け三本。
二回の居眠り。
そして。
まだ何ひとつわからない遺産。
もう限界だった。
私は大きく息を吸った。
「もう成仏せんかい!!」
病室中に、私の声が響いた。
「まだ生きとるわ!」
おじいちゃんの声も響いた。
その直後。
病室の扉が勢いよく開いた。
「どうしました!?」
先生が飛び込んできた。
「…………」
「…………」
「…………」
先生は私を見た。
おじいちゃんを見た。
もう一度、私を見た。
「……何かありました?」
私は静かに椅子へ座った。
「何もありません」
「あるやろ! 孫に成仏せえ言われたんやぞ!」
「元気そうですね」
先生はそう言って、静かに病室を出ていった。
私は思う。
たぶん。
この人は、まだまだ死なない。
「……ん」
おじいちゃんが目を開けた。
私はすぐに椅子をベッドへ寄せた。
「おじいちゃん」
「なんや」
「遺産」
「起きて一発目がそれかい」
「だって途中だったじゃん」
「そうやったか?」
「そうだよ!」
私は身を乗り出した。
「それなりに何?」
「何が?」
「75代目として、それなりにって言ったでしょ」
「ああ……」
おじいちゃんが天井を見た。
「そうやったなぁ」
「それで?」
「まあ、いろいろ残しとる」
「だから、そのいろいろを教えて」
「焦んな」
「焦るよ!」
また寝られたらたまらない。
「現金?」
「まあ、それもある」
目の色が変わった。
「いくら?」
「金の話ばっかりすんな」
「おじいちゃんが遺産って言ったんでしょ!」
「品がないなぁ」
「泥棒に言われたくない!」
おじいちゃんが笑った。
さっきまで二度も死んだと思って泣きそうになったのに。
この人は。
本当に。
「それで?」
「なんや?」
「他には?」
「そうやなぁ……」
おじいちゃんは少し考えた。
「昔、使っとった道具なんかもあるな」
「いらない」
「なんでや。75代目の大事な道具やぞ」
「犯罪の証拠でしょ」
「歴史や」
「証拠だよ」
「お前はほんま、夢がないなぁ」
「泥棒に夢を求めないで」
「ワシが若い頃なんか――」
「昔話はいいから!」
「なんや。ええとこやのに」
「遺産!」
「わかった、わかった」
おじいちゃんは面倒くさそうに手を振った。
「ほんま、せっかちな孫やな」
「二回も寝た人に言われたくない」
「年寄りは眠いんや」
「遺産の話が終わるまで起きてて」
「無茶言うな」
「無茶じゃない!」
おじいちゃんは、しばらく私の顔を見ていた。
やがて。
ふっと笑った。
「お前、小さい頃から変わらんなぁ」
「何が?」
「欲しいもん見つけた時だけ、目ぇキラキラさせよる」
「してない」
「しとる」
「してません」
「トメもそうやった」
「…………」
嫌な名前が出てきた。
「なんで今、トメさんが出てくるの?」
「トメもなぁ、欲しいもん見つけた時は、すぐ顔に出よった」
「遺産の話は?」
「ある日なんか、商店街歩いとったらな」
「おじいちゃん」
「漬物屋の前で急に立ち止まってやな」
「聞いてる?」
「糠床をじーっと見とんねん」
「また糠漬け!?」
「トメの糠床はなぁ、ほんまにええ匂いしとった」
「遺産!」
「毎日ちゃんとかき混ぜとったからな」
「遺産!」
「夏場なんか特に――」
「遺産の話して!」
「せやから焦んな言うとるやろ。まずトメの糠床の話から――」
「もういい!」
私は立ち上がった。
おじいちゃんが目を丸くする。
泥棒の家系。
75代目。
奥義は万引き。
初恋のトメさん。
糠漬け三本。
二回の居眠り。
そして。
まだ何ひとつわからない遺産。
もう限界だった。
私は大きく息を吸った。
「もう成仏せんかい!!」
病室中に、私の声が響いた。
「まだ生きとるわ!」
おじいちゃんの声も響いた。
その直後。
病室の扉が勢いよく開いた。
「どうしました!?」
先生が飛び込んできた。
「…………」
「…………」
「…………」
先生は私を見た。
おじいちゃんを見た。
もう一度、私を見た。
「……何かありました?」
私は静かに椅子へ座った。
「何もありません」
「あるやろ! 孫に成仏せえ言われたんやぞ!」
「元気そうですね」
先生はそう言って、静かに病室を出ていった。
私は思う。
たぶん。
この人は、まだまだ死なない。