独占愛は夜より深く。
第八章
要の唇が離れたあとも、熱だけはそのまま残っていた。
胸の奥がまだ甘く痺れている。
なのに、部屋の向こうでは資料をめくる音がしていて、現実はちゃんと待っていた。
「総長」
伊織の静かな声が飛ぶ。
その一言だけで、要の空気が少し変わる。
私に向ける熱は消えないままなのに、目だけがすっと冷静になる。
「……行く」
低く答えたあと、要はすぐには立たなかった。
代わりに、私の頬に触れていた指で髪をそっと整える。
「顔、赤い」
「要のせいでしょ」
「知ってる」
少しだけ笑うその顔がずるい。
さっきまであんなに甘かったのに、もう平気な顔をしている。
でもよく見ると、耳のあたりが少しだけ熱を持っている気がして、私はほんの少しだけ救われた。
「行けるか」
聞き方がやさしい。
無理に立たせるんじゃなくて、私の気持ちを待ってくれる。
「……うん」
うなずくと、要は立ち上がって、自然な動作みたいに私の手を取った。
指が絡む。
強引じゃないのに、逃がさない形だった。
部屋の中央へ戻ると、恒一がちらっとこちらを見る。
碧は口元に笑みを浮かべたまま、何も言わない。
でもその目がちょっとだけ面白がっていて、顔が熱くなりそうになる。
伊織はモニターの前で映像を止めたまま、淡々と説明を始めた。
「復元できた範囲では、白石さんのお兄さんと月城蓮司が接触していたのは確定です」
画面には兄の姿。
その隣に立つ月城蓮司。
それだけで胸が痛むのに、さらに背後にはぼやけたもう一人の影がある。
「この人物の顔はまだ出ません」
伊織が続ける。
「ですが身長と体格、それから動き方に特徴があります」
「身内の可能性は」
恒一が聞く。
「あります。ただし月城側とは限りません」
部屋の空気が少し重くなる。
黒幕は一人じゃないかもしれない。
兄を追い詰めたのは、もっと広い繋がりの中かもしれない。
私は無意識に要の手を少しだけ握った。
すると要も、同じ強さで握り返してくる。
その小さなやり取りだけで、息が少し楽になる。
「次は何をするの」
私が聞くと、要がまっすぐ前を見たまま答えた。
「蓮司を追う」
低く、迷いのない声。
「ただし正面からは行かない。証拠を固めて、逃げ道を塞ぐ」
「映像の人物も並行して洗います」
伊織がすぐに続ける。
「接触日時と移動記録が重なれば、かなり絞れます」
碧が肩をすくめる。
「地味だけど確実だね」
「確実じゃないと意味がない」
要の声は静かだった。
「今度こそ終わらせる」
その言葉を聞きながら、私は横顔を見つめた。
この人は本気だ。
家も、過去も、自分自身も切り込む覚悟でここにいる。
ふいに、要が私を見る。
「紗菜」
「なに」
「この先、もっときついものを見るかもしれない」
目をそらさないまま、要は続ける。
「それでも知りたいか」
少し前の私なら、きっと迷った。
でも今は違う。
「知りたい」
そう言ったあと、私は小さく息を吸った。
「怖いけど、知りたい。要が隠さないって言ったなら、私も逃げたくない」
その言葉に、要の目がほんの少しだけやわらいだ。
大きく笑ったりしない。
でも、うれしいと思っているのがちゃんと伝わる。
「わかった」
短い返事。
それだけなのに、胸が温かくなる。
すると碧が、ふっと楽しそうに言った。
「いいね。やっと同じ方向向いた感じ」
「茶化すな」
恒一が呆れたように返す。
「茶化してないよ。総長、さっきより顔やわらかいし」
その瞬間、要の手に少しだけ力が入った。
私は思わず横を見る。
要は無表情のままだったけれど、耳がまた少し赤い。
「……ほんとだ」
つい小さく漏らすと、要が低い声で言う。
「あとで覚えてろ」
「え」
「そういう顔で言うな」
何のことかわかって、急に恥ずかしくなる。
でもさっきまでみたいに、もう一人で赤くなるだけじゃない。
ちゃんと甘さを共有してる感じがして、少しうれしかった。
伊織が咳払いをひとつした。
「続けます」
その一言で、みんなの空気がまた切り替わる。
夜はまだ終わらない。
黒幕はまだ遠い。
兄の真実も、全部は見えていない。
それでも今の私は、さっきまでより少しだけ強くいられる気がした。
要の手がつながったままだからかもしれない。
闇の中へ進む。
でも今度は、ひとりじゃない。
胸の奥がまだ甘く痺れている。
なのに、部屋の向こうでは資料をめくる音がしていて、現実はちゃんと待っていた。
「総長」
伊織の静かな声が飛ぶ。
その一言だけで、要の空気が少し変わる。
私に向ける熱は消えないままなのに、目だけがすっと冷静になる。
「……行く」
低く答えたあと、要はすぐには立たなかった。
代わりに、私の頬に触れていた指で髪をそっと整える。
「顔、赤い」
「要のせいでしょ」
「知ってる」
少しだけ笑うその顔がずるい。
さっきまであんなに甘かったのに、もう平気な顔をしている。
でもよく見ると、耳のあたりが少しだけ熱を持っている気がして、私はほんの少しだけ救われた。
「行けるか」
聞き方がやさしい。
無理に立たせるんじゃなくて、私の気持ちを待ってくれる。
「……うん」
うなずくと、要は立ち上がって、自然な動作みたいに私の手を取った。
指が絡む。
強引じゃないのに、逃がさない形だった。
部屋の中央へ戻ると、恒一がちらっとこちらを見る。
碧は口元に笑みを浮かべたまま、何も言わない。
でもその目がちょっとだけ面白がっていて、顔が熱くなりそうになる。
伊織はモニターの前で映像を止めたまま、淡々と説明を始めた。
「復元できた範囲では、白石さんのお兄さんと月城蓮司が接触していたのは確定です」
画面には兄の姿。
その隣に立つ月城蓮司。
それだけで胸が痛むのに、さらに背後にはぼやけたもう一人の影がある。
「この人物の顔はまだ出ません」
伊織が続ける。
「ですが身長と体格、それから動き方に特徴があります」
「身内の可能性は」
恒一が聞く。
「あります。ただし月城側とは限りません」
部屋の空気が少し重くなる。
黒幕は一人じゃないかもしれない。
兄を追い詰めたのは、もっと広い繋がりの中かもしれない。
私は無意識に要の手を少しだけ握った。
すると要も、同じ強さで握り返してくる。
その小さなやり取りだけで、息が少し楽になる。
「次は何をするの」
私が聞くと、要がまっすぐ前を見たまま答えた。
「蓮司を追う」
低く、迷いのない声。
「ただし正面からは行かない。証拠を固めて、逃げ道を塞ぐ」
「映像の人物も並行して洗います」
伊織がすぐに続ける。
「接触日時と移動記録が重なれば、かなり絞れます」
碧が肩をすくめる。
「地味だけど確実だね」
「確実じゃないと意味がない」
要の声は静かだった。
「今度こそ終わらせる」
その言葉を聞きながら、私は横顔を見つめた。
この人は本気だ。
家も、過去も、自分自身も切り込む覚悟でここにいる。
ふいに、要が私を見る。
「紗菜」
「なに」
「この先、もっときついものを見るかもしれない」
目をそらさないまま、要は続ける。
「それでも知りたいか」
少し前の私なら、きっと迷った。
でも今は違う。
「知りたい」
そう言ったあと、私は小さく息を吸った。
「怖いけど、知りたい。要が隠さないって言ったなら、私も逃げたくない」
その言葉に、要の目がほんの少しだけやわらいだ。
大きく笑ったりしない。
でも、うれしいと思っているのがちゃんと伝わる。
「わかった」
短い返事。
それだけなのに、胸が温かくなる。
すると碧が、ふっと楽しそうに言った。
「いいね。やっと同じ方向向いた感じ」
「茶化すな」
恒一が呆れたように返す。
「茶化してないよ。総長、さっきより顔やわらかいし」
その瞬間、要の手に少しだけ力が入った。
私は思わず横を見る。
要は無表情のままだったけれど、耳がまた少し赤い。
「……ほんとだ」
つい小さく漏らすと、要が低い声で言う。
「あとで覚えてろ」
「え」
「そういう顔で言うな」
何のことかわかって、急に恥ずかしくなる。
でもさっきまでみたいに、もう一人で赤くなるだけじゃない。
ちゃんと甘さを共有してる感じがして、少しうれしかった。
伊織が咳払いをひとつした。
「続けます」
その一言で、みんなの空気がまた切り替わる。
夜はまだ終わらない。
黒幕はまだ遠い。
兄の真実も、全部は見えていない。
それでも今の私は、さっきまでより少しだけ強くいられる気がした。
要の手がつながったままだからかもしれない。
闇の中へ進む。
でも今度は、ひとりじゃない。

