ラッセルの丘で

4.優依(1996年 7月)

あの晩の出来事は、まさに青天の霹靂(へきれき)――いや、真夜中だったからむしろ「漆黒の日輪」とでも言うべきか――そんなあり得ないロンドンでの一夜として記憶に刻まれている。
 送り狼、なんてよくいったものだ。お酒が入っていたとはいえ、あの晩の憧くんは怖いくらいに強引で、せっかちで、そして本人には口が裂けても言わないけれど、たまらなく魅力的だった。
 したいこと、したいだけ、好きなこと、好きなだけ。
 日本では絶対にできないことを、やりまくる。
 鼻持ちならない私のドロドロした欲望をずるりと引き出し、全身で甚振り、弄んで、背徳の愉しみへと昇華させた。まさに、私の望み通りに。だから、一方的に彼に襲われた、だなんてまったく思っていない。
 そもそも、彼とのセックスは最高だった。これまで寝た何人かの男と比べても、あり得ないほどに気持ちがよかった。外で、あんなふうに強引にされてひどく興奮していたのを差し引いても、あとにも先にも、あんな快感を私は知らない。
 お互いに、日本に残してきた恋人がいる。それさえも背徳感をなお煽る。
 私たち二人は、共犯だ。決して誰にも言えない秘密を分かち合っている。
 
 あの晩以降も、表面上は――つまり周りに他に人がいるときには、憧くんの態度は変わらなかった。あからさまに馴れ馴れしくしてくることも、逆にわざとらしく避けてくることもない。
 そもそもクラスが違うから、午前から午後まで授業がびっしりある間はなかなか接点がない。
 ただ、午前のTea breakの時間はこれまで通り中庭にいる私のところへやって来るし、放課後の各種イベントや夜にみんなでパブに行ったりするときは、さり気なく近寄ってきて「今日、参加する?」とか「何時に来る?」なんて必ず訊いてくるようになった。
 これまでどおり、映画鑑賞会やpotluck party(持ち寄りパーティー)なんかに参加しながら、お互いのクラスメイトと楽しく話して盛り上がるのを遠目にちらちら確認しながら、ちゃんとその時間を堪能した。もちろん、時々、あからさまにならない程度に近づいていってさらっと言葉を交わしたり、共通の友達を交えておしゃべりしたりもする。
 そうやってイベントがお開きになるまで過ごしたあとは、特に約束してもいないのに、必ず二人並んで家路につくようになっていた。
 ラッセルヒルの中心街から急な坂を下ってバス停を素通りし、そこからSpringfield Avenueへと折れる。そこまで来ると、周囲に知り合いはまずいなくなるから、どちらからともなく私たちは手をつないだ。そして、私のステイ先が近づいてくると、憧くんは決まって私の肩に腕を回し、ぴったりくっついてくる。それがまるで当たり前みたいに、やけにごく自然にそうしてくるものだから、ペースに飲まれてついつい妙な雰囲気になってしまうわけで、あとはもう、だいたい似たような流れになるのが常だった。
 あの晩のように、アレクサンドラパークへ引っ張っていかれて半ば襲われるように抱かれることもあれば、「今日はだめ。帰って勉強するから」と断ると、家の前でしばらくきつく抱きしめられて長ーいキスをされ、そのまま服の内側に手が入り込んできて、立ったままかなりきわどいことをされる、なんてパターンになる。
 パブで飲んだ帰りなんかだと、夜中で真っ暗なのをいいことに、家の真ん前でスカートの中に手を突っ込まれ、挙句の果てには下着の中まで指が入ってくる、という「日本では絶対にできないこと」をこれでもか、とされまくった。 
 私を悦ばせるため、というよりは憧くんがそうしたくてたまらないらしいのは、すぐにわかった。無遠慮に指で中をかき回されて、憧くんの肩にしがみついたまま、何度も私はイってしまう。
 自分だけそんなふうにされっぱなしは悔しいから、お返しに憧くんの下半身にも服の上から触れ、特に「やめろよ」とも言ってこないから、そのままファスナーを下して下着越しに、時には中に手を入れて直接弄ったり、なんて大胆なことも普通にするようになっていた。
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