待ってください長谷川くん!
非常階段

5話

…ー

香織はモヤモヤとしながら、昼休憩を終えて、オフィスに戻ろうとしていた。


(あれ…なに…?別人?…そうだ!きっと社長のご子息の指導で緊張して、見間違えたんだ!うん、そう!)


オフィス前の曲がり角で立ち止まる香織は、自分に言い聞かせたあと、顔を上げる。


「そんなとこに立って、どうしたんですか?本木先輩」


背後から耳元に囁く声に、慌てて振り返った。
そこには、朝と同様にニコニコと懐っこい笑顔で立つ、誠がいた。


「…は、長谷川く…」

「どこか気分が悪いんですか?」

「…ううん!大丈夫!…びっくりしたぁ…はは…戻ろっか!」


誠に背を向けて、歩き出そうとした香織の肩に手を置いてまた耳元でに近づく誠は、口を開いた。


「…口滑らせたら…僕、うっかり“おかんセンパイ"って呼んじゃうかも」

「…っ…」


ニヤリと笑う不敵な笑み。
口元の黒子のおかげで、艶やかな笑みにすら見える香織は、思わず顔を赤くした。


「じゃあ、午後もよろしくお願いしますね、本木先輩!」


最後にニコッと笑った誠は、先にオフィスに戻っていった。


(ぜ…全然…見間違えじゃない…!!なんだあれ!?)


わなわなと肩を振るわせる香織は、持っていた書類を持ち直すと、ゴクリと固唾を飲んだ。
そして、深呼吸をすると、少し重く感じるオフィスのドアを開けて、中に入った。



緊張気味に誠を見ていると、変わらず同僚に囲まれて笑っている。


(…さっきまで悪口言ってたくせに…)


呆れるように肩でため息をつくと、顔を上げて気持ちを切り替えた。
そして、さっそく談笑している早川の席に向かった。


「早川さん、資料はできました?」

「……すみませ〜ん、まだ少しかかりそうで〜…」

「明日の会議で課長と係長も確認するから、なるべく早めにお願いしますね。それから、C社の書類は確認しましか?」

「…今からしまぁ〜す…」

「確認が終わったら報告してください」


踵を返すと、自分の席に戻り、デスクトップ画面を見てメール確認を始めた。
すると、ようやく同僚たちに解放された誠も、戻ってくる。


「あ…長谷川くん、さっきの資料なんだけど、見積書の作成を」

「作っておきましたよ」

「え…!?」

「言われるかな〜と思って、前回の資料を参考にして作成しました」


誠かまとまった見積書を受け取ると、パラパラとめくって、じっくりと読み込んでいく香織。


「…すごい…」

「え?」


パッと顔を上げる香織は、笑顔で言った。
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