追放聖女の帰還
「──サーシャさまは、変なところを気にされるのですね」

 しばらく無言でサーシャを見つめていたアズレイトは、呆れたように小さく笑った。

 闇夜を背にして笑うアズレイトは、月が霞むほど美しい。でも告げられた言葉は、嬉しいものではなく、サーシャの頬がぷくぅと頬を膨らむ。

「変なことを気にしてごめんなさい。私、もう寝ます。おやすみなさい」

 肩に掛けられたマントをむしり取ったサーシャは、アズレイトに突き返そうとしたけれど再び身体に巻かれてしまった。

「何するんですか?」
「お願いがありまして」

 サーシャの身体に巻き付けたマントがずり落ちないように整えながらそう言ったアズレイトは、片足を一歩後ろに引いて胸に手を当てた。

「わたくしに、星の読み方を教えてください」
「星の……読み方?」
「さようです。恥ずかしながら、わたくしは星には詳しくなくて……」

 己の未熟さを告白するアズレイトは、まるで子犬のように愛らしい。

 こんな顔をされたら、ちょっと拗ねてたサーシャの機嫌なんて秒で元に戻る。

「うん、いいけど……私のは我流だよ?いいの?」
「もちろんです」

 即答したアズレイトは、サーシャの肩を抱くとテラスの手すりに移動する。そして二人同時に夜空を見上げた。

「えっと、右の青い星とあっちの黄色の星と反対側の緑の星を繋ぐと春の大三角形。私はイチゴ座って読んでるの」
「それは美味しそうですね」
「でしょ?その上の三つにならんだ星はウサギ座で、となりはクマ座」
「ウサギもクマもイチゴを食べたそうですね」
「うん。この星座が見えると木イチゴが食べごろになるから、私はいつもパイを焼くんだ」

 ちゃんとした星座の名前なんて知らないサーシャの説明でも、アズレイトは真剣に耳を傾けてくれる。

 それが嬉しくて、サーシャは知ってる星の名前を次々にアズレイトに教えていく。

 けれども、サーシャがひときわ赤く輝く星を指さした途端、アズレイトはその指を強く掴んだ。

「サーシャ様、それはいいです……知りたくはありません……」

 低い声で説明を拒んだアズレイトを見て、サーシャは肩をすくめる。

 ほらね、やっぱり。王族ともあろうお方が、星を読めないわけがない。

 サーシャが指さした星は、凶星と呼ばれる禍々しいものだ。年中夜空に輝き、その輝きが増すほど凶事をもたらすと言われている。でも──

「アズ、これは凶星なんかじゃないですよ。わたしはね、これを──と読んでるの」

 サーシャが静かに告げれば、アズレイトは信じられないと言いたげに目を見開く。

 そんな彼に、サーシャは身体ごと向き合って口を開いた。

「星はね、人に何かを伝えるために輝いてるわけじゃないんだよ」

 鳥が鳴くように、雲から雨が降ってくるように。朝が来て、夜が来るように。夜空に星が輝くのは当たり前のことで、そこに意味なんてない。

「それに誰かにとっての不幸は、別の誰かにとっては幸せなことだってあるじゃん。凶星って誰が最初に言ったのかわかんないけど、それってその人の基準じゃん。アズはさ、誰が名付けたかわかんない星に振り回されたいの?」

 いつの間にか俯いてしまったアズレイトは、何も答えてはくれない。でも掴んだサーシャの手は、ずっとそのままだ。
 
「……あなたは」
「うん?」
「いつからそう思うようになったのですか?」

 随分と時間が経ってから、アズレイトは震える声でサーシャに問いかけた。

「そうだね、お母さんが死んじゃって最初に夜空を見上げた時かな」

 涙でぼやけた夜空は宝石箱みたいに綺麗で、サーシャは自分の生きる指針を見つけることができた。

 でも、その話はアズレイトには伝えない。これは誰にも知られたくないサーシャだけの大切な記憶だ。

「アズ、そろそろ部屋に戻ろっか。寒くなって来ちゃった」

 わざと明るい声を出したサーシャの心情を知ってか知らずか、アズレイトは素直に身体の向きを変えて手を差し出した。

「では、お部屋までお送りします」
「結構です。部屋まですぐだし」
「そういう問題ではございません」

 幼い子供を言い聞かせるような口調に、サーシャはムッとする。

(どうせ田舎娘だから迷子になると思ってるんでしょ?)

 冗談じゃない。来た道くらいちゃんと覚えてると、サーシャはリスがどんぐりを頬に詰め込んだ時よりも、もっともっと頬をパンパンにする。

「そういう発言は、私が本当に迷子になってから言ってください。ではおやすみなさい」

 アズレイトの手を無視して、サーシャは廊下へと足音荒く向かう。追ってくる気配はない。

 それが淋しいのか、ほっとしているのか、自分でもよくわからない。複雑な気分のままサーシャは、てくてくと廊下を歩く。

「……ったく、見た目で判断しないでよ」
「恐れながら、見た目でなんか判断しておりません」
「へ?……ぅわぁっ!」

 ついさっき捨て置いたはずのアズレイトが、いつの間にか横で並んで歩いていた。

 完璧に気配を消すのはアズレイトの特技だということはもうわかっている。それに半月近く一緒に旅をして、いい加減慣れてもいい頃だ。

 しかし考え事をしていたサーシャは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
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