追放聖女の帰還
 ありがた迷惑な時間はゆっくりと過ぎて、明日はようやっと浄化の儀。
  
 今日は王宮で最後の晩餐ということで、ひときわ豪華な食事がテーブルに並んでいる。その中には、サーシャがリクエストしたじゃがいものキッシュもある。

 サーシャ以外にも王族専用の食堂のテーブルには、5人が着席している。

 女王と王配。そして王女2名と王子1名。美男美女が取り囲む食卓は、キラキラと眩しい光景だ。
 
 それをぼんやりと見ながら、サーシャはキッシュを食べている。何だかよくわからない具材が入っているけれど美味しい。
 
 晩餐は始終静かだ。微かにナイフとフォークの音が聞こえるだけ。

 他の者なら息苦しさを覚えるかもしれないが、ずっと騒々しい日々を過ごしてきたサーシャにとって、これは王都に到着してから初めてのこんな穏やかな時間である。

 しかし至福の時間は、そう長くは続かなかった。

 サーシャがキッシュの最後の一口を口に含んだ途端、これまでずっと無言で食事を続けていたエカテリーナがおもむろに口を開いた。

「なぁ聖女サーシャよ、わらわが言うのもアレだが、アズレイトは父親と母親の良いとこ取りの顔をしておる。いわゆるイケメンという奴じゃ。そんな男の種はかなり良種であるぞ。どうだ蒔かれてはみないか?」

 予期せぬ女王の発言に、サーシャはキッシュを喉に詰まらせてしまった。

 趣向を凝らした王族専用の食堂に「むごっ、ごほっ、ごほほんっ」と無作法な声が響く。

 サーシャが好きでそんなことをしているわけではないのはわかっているので、誰も咎めることはせず、心配そうにオロオロとした様子で見守っている。

 アズレイト、ただ一人を除いては。

「サーシャさま、大丈夫ですか?!」

 椅子をけ飛ばさんばかりの勢いでサーシャの元に駆け寄ったアズレイトは、抱きかかえるようにしてサーシャの背を撫でる。

「おやまぁ、アズに身体を触れさせても嫌がらないとは、ぬしら随分と距離を縮めたのだな」

 なんか誤解しか生まないエカテリーナの発言に、サーシャは違う違うと反論したいし、窒息死一歩手前の状態になったのは誰のせいだと詰りたい。

 思わずジト目になったサーシャだが、エカテリーナは「はんっ」と鼻で笑わって終わりだった。

(さすが女帝)
 
 いっそ拍手を贈りたくなるほどの態度に、サーシャは素直に敗北を認めざるを得なかった。

 そんなサーシャにヴィクトリアとポリーナが追い打ちをかける。

「聖女様、ご存じの通りアズは、槍、剣、弓はもちろん、体術だってかなりの腕前ですわ。大変丈夫な種馬ですし、寝技だってきっと完璧にマスターしておりますわ。それに頭の出来も悪くないの。一度命じれば二度目は勝手に動いてくれるし。調教する必要がない種馬なのよ。きっと閨でもこれまでの経験をもとに頑張ってくれると思うの」
「あのねあのね、聖女さま聞いてくださいな。お兄様はとぉーっても優しいの。どんなワガママでも良いよって言ってくれるのよ。だから、きっと閨でも大切に扱ってくれると思うわ。今晩にでもどうぞ試してみてくださいな。我が国では味見は違法ではありませんからね?」

 洗練された仕草でグラスを持つヴィクトリアと、ユリのように可憐な笑みを浮かべるポリーナから、想像を絶する言葉が紡がれ、サーシャは思わず父親であるグレスロードを見る。

 年頃の娘二人が恥ずかしげもなく下ネタを口にしたというのに、グレスロードは穏やかな表情を崩さない。

 それどころかサーシャと目が合えば、「聖女様、お肉も召し上がってくださいな」と給仕に取り分けるよう指示を出す。そういう気遣いはいらないし、気遣うところはもっと他にある。

「で、どうされますの?」
「ぜひ、ご賞味くださいな」

 アズレイトを推しまくるヴィクトリアとポリーナに、サーシャは首を横に振ることも、断り文句を口にすることもせず、無言で水を飲む。ごくごくと、飲む。

 ちなみに家族全員から種馬扱いされた第一王子ことアズレイトは、ちょっとだけ照れていた。

(あなた、ここは怒るところでしょ!?)

 サーシャは、思わず心の中でツッコミを入れたが、声に出すことはしない。

 だって何か口にした途端、今より何倍も破壊力のある下ネタが返ってきそうな予感がするのだ。これ以上、ロイヤルファミリーから紡がれる下ネタを耳にしたら、今晩は悪夢にうなされる。

 明朝、浄化の儀を控えているサーシャは、感情を殺して残りの料理を平らげることにする。

 無言で食べて、食べて、食べ続けて──全ての料理を残さず食べ終えたサーシャは、ここでようやく口を開いた。

「ごちそうさまでした。お腹いっぱいです」

 料理も、種馬ネタも。

 そんなニュアンスを込めてここにいる全員に向け言い放つと、振り返ることなく自室へと足を向けた。
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