追放聖女の帰還
 最悪のタイミングで姿を現したアズレイトに、サーシャは困らせることをいっぱい言った。思ってもないことをたくさん口にした。

 大人気なく八つ当たりしたと自覚している。でも反省はしていない。困った顔が素敵すぎるアズレイトが悪いのだ。

 そんなふうに開き直るサーシャだが、アズレイトには感謝している。

 浄化の儀を行う個人的な目的を与えてくれたから。

 ”国を救う”なんていう高尚な理由では尻込みしたサーシャだが、”イケメンの未来を守る”という理由なら喜んで引き受けることができた。

 アズレイトに望まれるがまま王都へ行き、贅沢三昧の時間を過ごす羽目になったけれど、それだって素敵な思い出だ。

 聖女であるサーシャは、どこにいても浄化の儀ができる。それなのに女王の言葉に従ったのは、エカテリーナの目が亡き母と同じだったから。

 きっとエカテリーナは、曾祖母の代での出来事を知っているはずだ。聖女の力の代償のことも。

 だから、わざわざサーシャを王宮まで呼びつける必要なんてなかった。やれ、と命じれば良かっただけのこと。

 それなのに、サーシャを呼びつけたのは、自分の娘と年の変わらない少女が、国の為にひっそりと森の中で犠牲になるのを哀れと思ったから。僅かでも楽しい思い出を作って欲しいと願ったのだろう。 

 その心遣いは素直に嬉しかった。エカテリーナの罪悪感が少しでも薄まるならと、サーシャは王宮に滞在することを選んだ。

 これがあの時の真相。アズレイトには内緒の話。

 だって聖女以外に取り柄がない自分が、キラキラ輝く王子様に一目惚れしたなんて、恥ずかしくて言えないから。

「申し訳ございません……サーシャ様……私はなんていうことを……」

 膝を突き項垂れているアズレイトは、飽きることなく謝罪の言葉を紡いでいる。

 逞しい肩は震え、サーシャの手を握る彼の手は氷のように冷たい。

(あーもー……だから言いたくなかったんだよね)

 こんな風になるのがわかってたから、一刻も早く生まれ故郷に戻りたかった。

 帰路の間ずっとサーシャがゆったりと身体の線が出にくい服を着続け、アズレイトに身体を触れさせなかったのは、急激に衰弱していく身体を気付かれたくなかったから。

 鬱陶しいのを我慢して、降ろし髪にしたのもこけた頬を隠すためだった。

 誰にも気づかれず浄化の儀を終えて故郷に帰りたかったのは、自分の死因を知られたくなかったから。獣にでも食われたと思って欲しかったから。

「……サーシャさま、わたくしはこんな結末を迎えるために、迎えに来たわけじゃないんですっ。あなたを失うなら、いっそ自分が──」
「馬鹿なこと言わないで!」

 ぴしゃりとアズレイトの言葉を遮ったサーシャの声音は、強い怒気が含まれていた。

 一番言って欲しくない言葉をアズレイトの口から紡がれ、サーシャはとても苛立っていた。

 優しいこの人はきっと、自分のことを殺人者だと思い込み、ずっと自分を責めて生きていくのだろう。

(ったく、冗談じゃない。何が悲しくて惚れた男に罪悪感を植え付けたいと思うのよ!)

 サーシャはアズレイトの顔が好きだ。笑った顔が大好きだった。塩バニラっぽい、ちょっと凄みのある笑みは、腰が抜けてしまうほど好きだった。
 
 困った顔は、ゾクゾクするほど好きで、怒った顔と苛立った顔は、まあまあ好きだった。

 でも、悲しい顔は嫌い、大っ嫌いだ。

 俯いているアズレイトの顔はここからじゃ見えないけれど、彼の膝には幾つもの水滴がついて、旅服に染みができている。こんなにいい天気なのに。

「アズさん、ごめんなさい。私はこんな身体だから、女王さまからの褒美は受け取れないんです」

 種馬という言葉は死んでも口にしたくないサーシャは、遠回しな言葉でアズレイトに伝えた。
 
 全てを理解した今なら、四の五の言わずに「わかった」と言って、ここでお別れできるだろう。

 けれど、アズレイトは頷くことはしなかった。

 泣きぬれた顔を拭うこともせず、こちらを見上げたアズレイトは呆れた表情で口を開いた。

「サーシャさまは、ずいぶんせっかちなお方ですね」
「え?」
「気が早すぎませんか?あなたさまの故郷は、まだまだ遠い地にあるというのに」
「はぁ?……はぁ!?」

 理解しがたいアズレイトの発言に、サーシャは素っ頓狂な声を上げた。

 浄化の儀を終えた瞬間から、刻一刻と自分の命は削られていっている。まるで砂時計のように。

 正直、半月生き永らえたのは奇跡だ。本来ならもう死んでいる。

 そんな状態なのに、こうして向かい合ってアズレイトと会話ができるのは、意地と気合と根性の賜物だ。ぶっちゃけ褒めて欲しいくらいに頑張った。
 
 それなのに、この人はまだ生きろという。

(いやさぁ、それマジで鬼畜じゃない?)

 サーシャは怒りを通り越して、狼狽えてしまった。

「あ、あのですね……だから……だからですね。私は───う……わぁ……!」

 しどろもどろになりながら、サーシャが説得しようと試みた途端、アズレイトに手を引かれた。

 病人以下の体力しか持ち合わせていないサーシャは、軽く引っ張られただけでぐらりと傾いてしまう。

 アズレイトは重心を失ったサーシャを、自身の胸にか掻き抱いた。

「……随分と、痩せてしまいましたね」
「うん。ご飯は残さず食べているのに、おかしいですよね」
「もともと少食なんです、サーシャさま。だからこれからは、もっと食べてください」
「そうだね……善処する」

 やる気のないサーシャの返事に、アズレイトは泣き笑いの表情を浮かべた。

「しっかり食べてください。そして……そして、帰りましょう。サーシャさまの故郷の西の森に」

 アズレイトの声音は切実で、もし仮に無理と答えたら、そのまま死んでしまいそうなほど真剣だった。

 だからサーシャは「うん」と嘘を吐いた。

 絶対に叶わない約束をアズレイトとした。
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