追放聖女の帰還

追放された聖女と元種馬王子のその後

 ライボスア国の長い冬が終わり、春が来た。

 西の森へ向かう一本道の左右には菜の花畑があり、黄色い布が広がっているみたいだ。

 穏やかな昼下がり、平和を絵にかいたような西の森のふもとの村は少々騒がしい。なぜなら、多種多様な職種の人達が馬に跨がり一列となって、西の森へと向かっていたから──



 アズレイトが手綱を握る馬の上で、サーシャは包みを大切に抱えている。

 馬がカッポカッポと並足で進むのに合わせて身体も揺れるが、サーシャはちっとも怖くない。後ろでアズレイトが支えてくれているからだ。

 サーシャがちょっとでも動くと、太い腕に力がこもる。絶対に落とさないという強い意志が伝わってきて、サーシャはくすぐったい気持ちになる。

 鼻歌でも歌いそうな勢いのサーシャだが、背後にいるアズレイトはご機嫌とは言い難い。

「サーシャさま、本当にそれを使うんですか?無理はなさらないでください。代えのものはいくらでもあります。例えば、母上が押し付けたスミレ柄のティーセットとか、姉上が無理矢理荷物に捩じ込んだ金の縁取りがしてある白磁のカップとか」
「いいえ私、これが気に入っているんです」

 アズレイトの言葉を遮ったサーシャは、膝の上に抱えている包みを少し持ち上げる。

「これで皆さんとお茶を飲むって約束したじゃないですか」

 首をひねってサーシャがにこっと笑えば、アズレイトはぐぅっとく呻いて渋面を作る。でも最終的に、肩をすくめて引き下がった。

 サーシャが膝の上で大切に抱えているのは、随分前に騎士ロイドから贈られたカップだ。割ってしまったお詫びにと手渡されたもの。

 割れてしまったカップは小鳥柄だったけれど、サーシャが手にしているのは炎を吐いているドラゴンがが描かれている。控えめに言って、女性が好んで使う柄ではない。

 でもサーシャは、一生使い続けると決めている。アズレイトは、どうにかして別のものを使ってほしいようだけれど。

「わたくしとしてはサーシャさまと同じ柄のものを、使いたかったんですけどね」

 アズレイトのぼやきに、すぐさま後ろから「ご安心くださいっ。もう買ってあります!」とロイドが声をかける。

 気が利くロイドにサーシャは「ありがとうございます」と律儀に礼を言うが、アズレイトは余計なことをするなと言いたげだ。

 そんな正反対のリアクションをする二人を、アズレイトの元部下たちは肩を震わせながら見守っていた。

「あ!アズ、見えてきましたね」

 はしゃいだ声を出すサーシャの視線の先には、西の森へと続く細い道が顔を出していた。

 相変わらず樹木の枝が延び放題でうっかりしてると見落としそうなその道を目にして、サーシャはようやっと戻ってきたことを実感した。

 真夏に長い間眠りについて翌年の秋に目覚めたサーシャは、意識はしっかりしているものの身体をすぐには動かすことができなかった。

 宮廷医師の治療を受けながら二つの季節を王宮で過ごしたサーシャの周りでは、様々な変化があった。

 まず最初に、アズレイトはこれまでずっと仕えてくれていた騎士達の任を解いたのだ。サーシャと共に生きていく為に。

 そのことに異議をとなえる騎士は一人もいなかった。ある者は王宮騎士として別の王族に仕える道を選び、またある者はにわとり好きが高じて養鶏場の婿養子となった。他にも、王宮内で薬師......もっぱら毛はえ薬の研究者になる者や、故郷に戻って家業を継ぐ者もいた。

 それからヴィクトリアとポリーナとの仲が深まった。夜更かししてお菓子を食べながらおしゃべりをしたり、一緒のベッドで眠ったり。アズレイトとはできない恋の話なんかもして。

 友達など一人もいなかったサーシャに、ヴィクトリアとポリーナは手紙を書くと約束してくれた。

 そんなふうにサーシャがかけがえのない時間を過ごす一方、アズレイトは蛇の生殺し状態だった。しかし不満も苦しさもおくびにも出さず、紳士的にサーシャに接していた彼は真の英雄である。

 そして雪が解け、医師が問題ないと判断したのを機に、サーシャとアズレイトは帰路についた。

 かつての騎士達も方々から集まり、エカテリーナ達から贈られた餞別の品を運ぶ荷物持ちを買って出てくれた。

 西の森に続く一本道は木々の梢が新芽の色に彩られる中、サーシャ達を乗せた馬が蹄の音を響かせて進んでいく。

 しばらく険しい道を進むと、サーシャが生まれ育った家に到着した。

 森と見事に調和したあばら家は何も変わっていないように見えるが、藁葺き屋根から苔が消えているし、至るところからピョンピョン跳ねていた雑草も綺麗に刈られていた。

 これは、村人に扮した王宮騎士が手入れをし続けてくれていたおかげだが、村人も自主的に動いてくれていた。

 ごくたまにしか姿を見せなくっても、村人たちにとってサーシャは大事な村の一員だったのだ。

 サーシャがその事実を知るのは、もう少し先──アズレイトと共に初めて村の祭りに参加したとき。

 その時、村の青年とアズレイトが火花を散らす展開になるけれど、それはまた別のおはなし。
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