恋のメンテナンスは必要ですか?
 *


「診察券お預かりします」

 午後の診察が始まった。
 受付のスタッフが来院した患者から診察券を受け取る。

「三樹さん、ちょっといいですか?」
 彩は先輩で受付の三樹(みき)に申し訳なさそうに声をかけた。

「どうしたの?」
「この新規の患者さんって無指名ですか?」
「ん?……神崎さん?んーこの人は——」


「彩さん」

 カウンター越しに名前を呼ばれた。
 反射で「はい」と答えて声の主を見つめる。
 そこにいたのは同姓同名であってほしいと願った人物だった。

 ……もちろん、同姓同名なんてことはなく。
 彩が昨日失態をおかした神崎翔本人が目の前にいた。

「こ、こんにちは」
「急にすみません。とりあえず受付いいですか?」
「あ、はぃ……診察券、は、ないですよね。えっと」

 手間取っていると見かねた三樹が横から彩の肩を叩く。
 
「私がやるわ。」
「お、お願いします」

 彩は愛想笑いで誤魔化しながらその場を下がる。
 受付の裏にある小部屋へ下がると杏菜から興奮気味ではしゃいでいた。

「先輩!今のイケメン見ました?!」
「あ、え?う、うん」
「きゃーーー!!私あの人の担当になりたいです!!」
 
 熱意を込めてそう願う杏菜に苦笑いで返すしかない。
 杏菜はそのまま「三樹さんに私が担当になれるようお願いしてきます!」とはしゃぎ行ってしまった。

「まって!あの人は!」

 知り合いだと言おうにももう遅い。
 杏菜はすでに受付に行ってしまった。
 彼女の去った先を見ながら自分の本能が言っている。
 
(……面倒ごとの予感がする)

 自分ではどうしようもない現状に、彩は流れに身を任せるしかなかった。
 

 *
 

 帰ってきた杏菜が真顔で彩に聞く。

「先輩、あの人と知り合いなんですか?」
「うん……言うの間に合わなくてごめんね」
「……彩先輩指名だからダメだって言われました。」

 落ち込む様子の杏菜に申し訳なく思う。
 あの時、もっと早く言ってあげれば彼女が落ち込むこともなかった。気まずさに目を泳がせていると耳につけているインカムから指示が流れる。
 
「彩ちゃん、新規さんお願いします。」
「あ、はい」

 インカムのボタンから手を離し、扉へ向かう。
 杏菜を気にしながらも彩は仕事に向かった。


 ——扉が閉まる。
 彩の去った小部屋で杏菜は一人、目尻を釣り上げ、彩の去った扉を睨みつけた。
 
「知り合いならさっさと言えばいいのに。樹先輩だけじゃなくてあんなイケメンまで……地味女のくせに……」

 杏菜はぎりっと奥歯を擦り「ムカつく」と呟いていた。
< 25 / 121 >

この作品をシェア

pagetop