総長の溺愛は、夜よりあぶない。
黒瀬紗月は、ひとりでその町を歩いていた。

夜の町は思っていたよりずっと危なくて、細い路地には知らない人たちの笑い声が響いている。ネオンの光が揺れて、どこを見ても少しこわい。けれど紗月は、自分が迷っていることにもあまり気づかないまま、きょろきょろと辺りを見回していた。

「えっと、こっちかな…?」

小さくつぶやきながら角を曲がった、その時だった。

「ねえ、お姉さん。こんな時間にひとり?」

前から数人の男たちが近づいてくる。にやにや笑う顔に、紗月はやっと空気のおかしさに気づいた。

「え…あの、私…」

後ろに下がろうとしたけれど、逃げ道はない。男のひとりが紗月の腕に手を伸ばしかけた、その瞬間だった。

「その手、どけろ」

低くて冷たい声が、路地に落ちた。

男たちの動きがぴたりと止まる。

紗月がはっとして顔を上げると、そこにはひとりの少年が立っていた。黒い服に、鋭い目つき。冷たい空気をまとっているのに、なぜか目が離せない。

一ノ瀬蓮だった。

「は…? おまえ、誰だよ」

男が睨みつける。けれど蓮は少しも動じない。

「おまえらこそ、誰に手ぇ出そうとしてるか分かってんのか」

その声は静かなのに、ぞくっとするほど迫力があった。男たちは一瞬で顔色を変える。

「…行くぞ」

舌打ちを残して、男たちはすぐに去っていった。

静かになった路地で、紗月はほっと息をつく。けれど次の瞬間、蓮がじっとこちらを見下ろしてきて、また心臓が跳ねた。

「おまえ」

「は、はいっ」

「こんなとこ、ひとりで歩くな」

怒っているような、呆れているような声だった。

「ご、ごめんなさい…。でも、道に迷っちゃって」

紗月がしょんぼりうつむくと、蓮は小さくため息をついた。

「……危なっかしすぎるだろ」

そう言って、蓮は紗月の手首を軽くつかむ。

「えっ」

「送る」

「え、でも…」

「でもじゃない。次は俺がいないかもしれねぇだろ」

ぶっきらぼうなのに、その言葉は驚くほど優しかった。

紗月はどきどきしながら、そっと蓮を見上げる。怖そうで、冷たそうで、近寄りがたいのに。その横顔はどこか、ひどくきれいだった。

「…ありがとう」

小さくお礼を言うと、蓮は少しだけ目を細めた。

「礼なら、無事に帰ってから言え」

そうして彼は、紗月の手を離さないまま歩き出す。

夜の危険な町で出会ったのは、いちばん近づいちゃいけないはずの人だった。なのに紗月は、この時まだ知らなかった。

この出会いが、自分の運命を大きく変えることになるなんて
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