総長の溺愛は、夜よりあぶない。
蓮に手首を引かれたまま、紗月は夜の町を歩いていた。

さっきまで怖くてたまらなかった道なのに、隣に蓮がいるだけで不思議なくらい落ち着く。けれど、その横顔は相変わらず冷たくて、紗月は少しだけ緊張していた。

「……あの」

「なんだ」

「ほんとに、ありがとう」

紗月がそう言うと、蓮は前を向いたまま小さく息をついた。

「だから、礼はいい」

「でも、助けてくれたし」

「助けたっていうか、おまえが危なすぎる」

少しきつい言い方なのに、声にはどこか優しさが混じっている。紗月はそれがうれしくて、思わずふにゃっと笑った。

「蓮くんって、ほんとは優しいんだね」

その瞬間、蓮がぴたりと足を止めた。

紗月もびっくりして立ち止まる。振り向いた蓮は、さっきより少しだけ困ったような顔をしていた。

「……その呼び方、やめろ」

「えっ、どうして」

「調子狂う」

短くそう言って、また歩き出す。

紗月はきょとんとしながらも、その言葉の意味を考えて、少しだけ頬が熱くなった。

しばらくして、大通りに出たところで冷たい風が吹く。紗月は思わず肩をすくめた。

すると次の瞬間、蓮が自分の上着を紗月の肩にかける。

「わっ」

「風邪ひくぞ」

「でも、蓮くん寒いよね」

「俺は平気」

そう言いながら、蓮は紗月の肩からずり落ちそうになった上着を、ちゃんとかけ直した。指先がふれて、その一瞬だけ心臓が大きく鳴る。

近い。近すぎる。

紗月が固まっていると、蓮はじっと顔をのぞきこんだ。

「顔、赤い」

「えっ」

「怖かったの、今さらきたか」

「ち、違うもん…」

慌てて首を振ると、蓮は一瞬だけ黙って、それからほんの少し口元をゆるめた。

「天然」

「今、ばかにした?」

「してない」

絶対ちょっとした、と思うのに、その笑った顔がずるいくらいかっこよくて、紗月は何も言い返せなくなる。

やがて家の近くまで着くと、蓮は足を止めた。

「ここまででいい」

「……うん」

さみしい、と思ってしまった自分に紗月は驚く。

上着を返そうとすると、蓮はそれを受け取らなかった。

「それ、持ってろ」

「え?」

「明日、返しにこい」

「明日?」

「来ないなら、取りに行く」

さらっと言うくせに、断れる雰囲気なんて少しもない。

紗月が目をぱちぱちさせていると、蓮は少しかがんで紗月の顔を見る。

「今度は昼に来い。夜は出歩くな」

「……心配してくれてるの?」

そう聞いた瞬間、蓮は少しだけ眉を寄せた。

「心配じゃなきゃ、こんなことしねぇよ」

低い声でそう言われて、紗月の胸はぎゅっと苦しくなる。

蓮はそのまま背を向けて歩き出した。でも、数歩進んだところで立ち止まる。

「紗月」

はじめて名前を呼ばれて、紗月ははっと顔を上げた。

「はいっ」

「今日はちゃんと戸締まりしろ」

それだけ言って、蓮は今度こそ夜の町へ消えていった。

紗月はしばらくその場から動けなかった。肩に残る上着の重みが、さっきまでの出来事を本当なんだと教えてくる。

怖かったはずの夜なのに、胸の奥には甘い熱が残っていた。

そして紗月はまだ知らない。

明日また会った時、蓮の溺愛がもっと近くで始まることを。
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