未練なんてありませんが?

05.今更な話

 そんなことをつらつらと考えていると、ふと目の前に、エヴァンの背中が映った。

「エヴァン……?」
「オークウッド卿です」
「は?」

 エヴァンの背中からちょこっと顔を出すと、フランシスがこちらにやって来るのが見える。
 私は思わず後ろを見遣った。──何もない。
 まさか彼の方から私に近づいてくるなど思いもよらない。私たちの仲は、それほどに冷え切っていた。

「ニコラ」

 フランシスがエヴァンを押しのけ、私に声をかける。エヴァンを見上げると、その顔がとんでもないことになっていた。

 瞳が、纏う空気が、ブリザードである。

「オークウッド卿、何のご用でしょうか?」
「お前に用はない。俺はニコラに声をかけたんだ。ニコラ、話がある。一緒に来てくれ」
「お待ちください、オークウッド卿」
「だから、お前に用はないと言っている!」

 その声に、周囲にいた人間がこちらを振り返る。そして、好奇の目を向けた。
 それらの視線に小さく舌打ちすると、フランシスは私の腕を引いた。

「オークウッド卿!」

 エヴァンがフランシスの腕を掴み、振り払おうとする。でも、私がそれを止めた。
 せっかくあっちから来てくれたのだ。落ち着いて話をする機会など、これを逃すといつになるやらわからない。なので、私は彼について行くことにした。

「エヴァン、私は大丈夫よ。フランシス、一緒に行くから手を離して。話は二人だけでするのかしら? もしそうでないなら、エヴァンも一緒に来てもらうわ」
「姉上、どちらにしてもご一緒します」
「……来るなと言っても聞かないんだろうな。仕方がない。ただし、お前は黙っていろ。それができなければ……」
「あなたが姉上に何もしなければ、おとなしくしていますよ」

 二人の間に火花が散る。
 そんな様子を、ワクワクしたような目で見つめるギャラリー。
 ……頭が痛くなってきた。

「人の目が集まって来たわ。早く行きましょう」

 これ以上晒し者になるのを避けるため、私はフランシスを促した。
 彼も頷き、一緒に来いと前を歩きだす。
 私とエヴァンは、急ぎ足で彼の後をついて行った。

 *

 連れて来られたのは休憩室だ。一番奥まった場所にあり、人払いもされている。

「一緒についてきてよかった」

 エヴァンが小声で呟いた。
 エヴァンの言うことももっともだ。こんな場所にたった一人で連れ込まれていたら、何をされるかわかったものじゃない。昔の彼ならいざ知らず、今のフランシスは何をするかわからない。

「入ってくれ」

 部屋の中には、お茶の用意がされていた。
 タイミングを見計らって淹れられたのだろう、湯気が立ち上っている。でも、人の気配はしない。誰かしらいるだろうと踏んでいたのだけれど、フランシスは本当に二人だけで話し合いをするつもりだったようだ。

 私はフランシスの向かいに座り、エヴァンは側で立っている。何かあった際、私を守るつもりなのだ。
 フランシス以外誰もいない。にしても、長居はしたくない。

「話って何かしら?」
「……もうすぐ公表されることだが、ポーリーン殿下が隣国に輿入れされることになった」
「そう」

 まぁ、あれだけ奔放だと国内での降嫁先はなかったのでしょうね。
 隣国にも彼女の噂は届いているだろうけれど、それでも受け入れてくれるのね。なんて懐の深い……。

 なんて思っていたら、次の瞬間には、信じられない言葉が耳に入ってきた。

「そこで、俺も護衛騎士として同行することになった。だから、申し訳ないが結婚の時期を延ばしてもらいたい」
「……は?」

 いやいやいや、ちょっと待ってほしい。
 王女の輿入れに同行するという部分は、まぁ予想できた。彼女がお気に入りの騎士たちを連れて行くなど、私でなくてもわかる。……その中で、何人が同行するのかは知らないけれど。
 そして、王女至上主義のフランシスなら、同行するだろう。そこまではいい。

 でも、結婚を延期……?

 いや、もうすでに延期してますけど? なんなら、話、凍結されてますよね?

 あまりの訳のわからなさに動揺してしまう。
 フランシスはそんな私を見て何を誤解したのか、立ち上がって私の隣に腰掛け、手を取った。
 私は、つい条件反射でその手を引っ込める。

「ニコラ、怒っているのか?」

 ……今更、何を怒るというのか。

「あの……フランシス、結婚の時期なんてとうの昔に過ぎているわよね? 私、もうあなたとの結婚はなくなったと思っていたわ。あなたが今夜話があると言ったのは、正式に婚約を解消するってことだと思ったのだけれど」
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