未練なんてありませんが?

06.どこまでも交わらない

 私の言葉に、フランシスは目を見開く。
 驚いている彼に、逆に驚かされる。

 ポーリーン殿下との関係をあれほど見せつけておいて? 結婚は私とするつもりだったの?

 フランシスの面の皮の厚さに吃驚である。

 私だって、限界がくるまではそのつもりだった。
 フランシスが騎士団に入って仕事三昧になっても、ポーリーン殿下の専属になってから私よりも王女を優先させるようになっても、それが彼の仕事だから。私だって商会の仕事を優先させることがあるし、お互い様だって。

 でも、限度というものがある。
 忙しい合間を縫っての逢瀬も、ことごとくポーリーン殿下に邪魔をされて。
 気のせいじゃない。ここぞというようなタイミングなんて、狙っていない限りそうそう起こらない。
 私は何度も訴えた。

 私たちが会う日に限って、どうして急用が入るの?
 その急用って何? 緊急性があるの? 他の人ではだめなの?

 明確な答えはいつだって得られなかった。
 フランシスは申し訳なさそうにしながらも、いそいそと王女の元へと駆けつける。
 次に埋め合わせをするという約束も、果たされたことはない。むしろ積みあがっていくばかり。

 さすがに心が折れるわよ! ここまでされて、どうして結婚したいと思うのよ!?
 だから、私からも連絡しなくなったじゃない。私たち、もうずっと会っていなかったでしょう? 
 この間が久しぶりの顔合わせだった。なのに、あなたはポーリーン殿下といちゃついて、私なんてまるで眼中になかったじゃないの!

「俺と君は婚約者同士だ。結婚するのは当たり前だろう?」
「婚約者同士? えぇ、そうね。書類上ではね。でも、私たちの関係はとっくに破綻しているわ。おまけに、私たちの婚約は政略じゃない。気持ちが離れたなら、解消するしかないのじゃない?」

 これが政略なら、関係が破綻していたとしても結婚しなくてはならなかっただろう。貴族ならば当然の話。私だって、いっぱしの貴族令嬢なのだ。それは覚悟している。
 でも、私とフランシスの婚約はそうじゃないのだ。

「俺の都合で延期になっているのは悪いと思っている。だが、王族の専属騎士は名誉なことだ。務めを終えれば、騎士団に戻った時にも重用されるし、出世は間違いない。俺は商会を手伝えないからこそ、騎士として高みを目指そうと思っているんだ。それが、間接的にオマリー商会の助けにもなる。……ニコラはわかってくれていると思っていたんだけどな」

 フランシスの勝手な言い分に、心が軋んだ。

「じゃあ聞くけれど、王女の専属騎士を解かれるのはいつ? 隣国までついて行くのでしょう? ポーリーン殿下があなたを手放すまで、私に待てと言うの?」

 冷静でいたかったけれど、つい感情的になってしまう。
 感情的になった方が負けだとわかっているのに。

「姉上、落ち着いてください」

 優しく穏やかな声が耳元で聞こえる。
 ──エヴァン。

 私がそっと窺うと、エヴァンは小さく頷いた。そして、彼はフランシスに静かに問う。

「あなたにとって、一番大切なものは何ですか?」

 フランシスは眉を顰め、エヴァンを睨みつける。

「仕事と愛する者、比べられるわけはないだろう?」
「愛する者? あなたが愛しているのは誰なのでしょう?」
「はぁ? 当然のことを聞くな! そんなもの、ニコラに決まっているだろう!」

 フランシスが声を荒らげる。

 こんな大声を出すと、さすがに外に聞こえるのではないかとヒヤリとしたけれど、ここは一番奥の部屋だった。
 話し合いがすんなりとはいかないことを想定して、ここにしたのだろう。いざとなったら力づくで言うことを聞かせても他の人間に気づかれることはない、ホールから一番遠いこの部屋に。

 さすがのフランシスも、ポーリーン殿下と添い遂げるなど分不相応なことは考えていないらしい。
 一方は子爵家の令息、そしてもう一方は一国の王女。結ばれるにはハードルが高すぎる。
 ポーリーン殿下だって、本気でフランシスを想っているわけじゃないのだろう。見目のいい男性を侍らせて、言うことを聞かせ、自尊心を満足させているだけ。
 その中には、婚約者がいる者も含まれている。でも、そんなことはお構いなし。かえって楽しんでいる。

 婚約者よりも優先される自分。
 どう? 悔しいでしょう? お前など、私に比べて軽んじられる存在、ちっぽけな存在なのよ? と。

 ──冗談じゃない。
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