春の月明かり

冬の訪れた、君の温もり

 11月。

 朝の空気は、日に日に冷たくなっていた。

 教室の窓から見える木々も、少しずつ色を変えている。

 私は席に座ると、スケッチブックを開いた。

 そこには、神志那くんと一緒に見た秋の花たちが描かれている。

 秋桜。
 花壇に咲いていた小さな花。
 そして、花を見つめる神志那くんの横顔。

 ページをめくるたび、彼と過ごした時間がよみがえった。

「明凛、おはよう」

 隣から声がして、私は顔を上げた。

「神志那くん、おはよう」

「何見よるん?」

「この前の絵。秋桜のところ」

「見てもいい?」

「うん」

 私はスケッチブックを彼の方へ向けた。

 神志那くんは、ゆっくりと絵を眺めた。

「やっぱり、いいな」

「ありがとう」

「また一緒に花を見に行こうな」

 その言葉に、胸が温かくなった。

「うん。行きたい」

 いつもなら、恥ずかしくて小さな声になってしまう。

 でも今日は、ちゃんと伝えられた。

 神志那くんは嬉しそうに笑った。


 昼休み。

 私は友達とお弁当を食べながら、窓の外を眺めていた。

 風に揺れる木の葉が、少しずつ地面に落ちていく。

「明凛、最近どうなん?」

「どうって?」

「神志那くんのこと」

 私は思わず箸を止めた。

「な、何もないよ」

「ほんとかなあ?」

 友達は笑いながら、私の顔を覗き込んだ。

「最近、前より自然に話せるようになったやん」

「……うん」

「嬉しい?」

 私は少し考えてから、うなずいた。

「嬉しいよ」

 神志那くんと話せること。
 一緒に花を見られること。
 何気ない言葉を交わせること。

 そのひとつひとつが、私には大切だった。

「いつか、気持ちを伝えられたらいいな」

 思わず口にすると、友達は優しく笑った。

「明凛のペースでいいんやない?」

「……うん」

 私は、少しだけ勇気をもらった気がした。


 放課後。

 美術部の活動を終えた私は、スケッチブックを抱えて花壇へ向かった。

 神志那くんは、花壇のそばで土の様子を見ていた。

「神志那くん」

「あ、明凛。お疲れさま」

「お疲れさま。寒くなったね」

「ほんとやな。花も冬に向けて準備せんとな」

 私は花壇を見つめた。

 夏に咲いていたひまわりは、もう花を終えている。

 けれど、来年につながる種が残っている。

「ひまわり、来年も育てるんよね?」

「うん。種を大事にしちょるけん」

「楽しみやね」

「また芽が出たら、写真も撮るつもり」

 神志那くんは、少し笑った。

「芽が出たところから、ちゃんと残しておきたいんよ」

「神志那くんらしいね」

「そうかな?」

「うん。花が咲くまでの時間も、大切にしちょるやん」

 彼は花壇を見つめたまま、うなずいた。

「咲くまでの時間も、花の一部やけんね」

 その言葉が、心に残った。

 花が咲くまでの時間。

 私たちも、少しずつ一緒に過ごしてきた。

 その時間も、大切にしたいと思った。


 私はスケッチブックを開いた。

「今日も描いていい?」

「もちろん」

 鉛筆を動かし、冬の花壇を描いていく。

 少し冷たくなった風。
 土の色。
 花壇を見つめる神志那くん。

 彼の横顔を描いていると、神志那くんがそっと覗き込んできた。

「また俺がおる」

「……うん」

「明凛の絵に描いてもらえるの、嬉しいな」

 私は顔を上げた。

「ほんと?」

「うん。明凛が見た俺が、そこに残るけん」

 胸が、きゅっとなった。

 私が見ている神志那くん。

 優しくて、花を大切にしていて、いつも穏やかに笑ってくれる人。

 その姿を、これからも描いていきたい。

「……また描かせてね」

「もちろん」

 神志那くんは、優しく笑った。


 しばらくして、風が少し強く吹いた。

「寒くなってきたな」

 神志那くんが言った。

「うん。そろそろ帰ろうか」

「そうやな」

 私たちは花壇をあとにした。

 校門を出ると、冷たい風が頬をなでた。

 私はマフラーを持ってくればよかったと思いながら、スケッチブックを抱え直した。

「明凛、寒い?」

 神志那くんが尋ねた。

「ちょっとだけ」

「もう冬が近いな」

「うん」

 二人で歩きながら、私は心の中で思った。

 寒くなっても、神志那くんと一緒に歩く帰り道は、どこか温かい。

 それは、きっと。

 彼が隣にいてくれるから。


 家に帰ると、私はスケッチブックを開いた。

 今日描いた冬の花壇。

 その下に、文字を書き添える。

『神志那くんと、冬の風を感じた日』

 少し考えてから、もう一行。

『寒い日も、君の隣はあたたかい』

 書き終えて、私はそっと微笑んだ。

 神志那くんのことが好き。

 その気持ちは、秋から冬へと季節が変わっても、変わらずに私の中にあった。

 まだ、伝える勇気はない。

 でも、焦らなくてもいい。

 花が咲くまでの時間も大切なように、私たちの時間も大切にしたい。

 窓の外には、静かな夜が広がっていた。

 私はスケッチブックを閉じ、胸に手を当てた。

 いつか、この想いを伝えられる日が来ますように。

 冬の訪れを感じながら、私はそっと願った。
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