擬態

アキラ

完成した。
 
机の上に散らばった工具を放り出して、俺は目の前に立つ男を見上げた。

 見慣れた顔だった。

 毎朝、洗面所で嫌でも見る顔。少し垂れた目も、癖のある髪も、薄い唇も、全部同じ。
 身長も同じ。体格も同じ。声も同じ。

 俺が立っている。

 正確には、俺そっくりのロボットが立っている。

「……長かった」
 本当に長かった。
 構想から数えれば数年になる。

 そもそも、こんなものを作ろうと思った理由は単純だ。
 仕事に行きたくなかった。
 俺は昔から人付き合いが苦手だった。
 愛想笑いが嫌いだ。
 興味もない話に相槌を打つのも嫌いだ。
 どうでもいい休日の予定を聞かれて、どうでもいい相手の休日の予定を聞き返す、あの意味不明な儀式も嫌いだ。

 そんな俺が会社で馴染めるはずもない。
 周囲から浮き、上司からは愛想がないと言われ、同僚から飲み会に誘われることもいつしかなくなった。
 別に構わない。
 俺だってあいつらと仲良くしたくない。

 ただ1つ問題がある。

 会社には行かなければならない。
 行かなければ給料がもらえない。
 給料がもらえなければ生きていけない。

 だったら。


 俺の代わりに会社へ行く俺を作ればいい。
 そう思った。

 我ながら完璧な発想だった。
 そこからは苦難の連続だった。
 仕事から帰れば製作。休日も製作。何度失敗して、何度作り直したか分からない。

 そして今日。
 ようやく完成した。
 俺と同じ姿で、俺と同じ声を持ち、俺の命令に従う存在。

 こいつさえいれば、俺はもう会社に行かなくていい。

「名前がいるな」

 俺は椅子にもたれ、そいつを眺めた。
 自分と同じ顔をしたものに名前をつけるというのも妙な気分だ。
 まあ、凝った名前をつけるほど愛着もない。

「明人から『人』を抜いて、『明』でいいだろ」

 明。
 読み方はアキラ。

 人ではないのだから、ちょうどいい。

「お前の名前はアキラだ」

「了解」

 俺と同じ声が返ってくる。
 気味が悪い。
 だが、明日からこの声が俺の代わりに「おはようございます」と言ってくれるのだと思えば、これほど心地いい声もない。

 俺はアキラの肩を叩いた。

「アキラ、俺の言うことを聞け。これからお前は俺の代わりに働くんだ」

「了解」

 短い返事。
 それでいい。
 余計なことはしなくていい。
 俺が命令する。
 こいつが従う。
 それだけでいい。
 明日から俺は自由だ。
 もう上司の顔色を窺う必要もない。
 同僚のくだらない雑談に付き合う必要もない。
 毎朝、目覚まし時計に叩き起こされる必要すらない。
 働くのはアキラ。
 給料をもらうのは俺。
 素晴らしい。
 数年間の苦労が、ようやく報われる。
 このときの俺は、自分が完璧なものを作り上げたと信じていた。
 たった1つ。
 本当にくだらないミスをしていることにも気づかずに。
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