闇に溺れて、君を奪う。
玲央に手を引かれたまま、乃愛は星闇のアジトの前で立ち止まった。

古い倉庫を改装したみたいな建物。
外から見れば少しこわい。けれど玲央の手はあたたかくて、そのぬくもりだけを頼りに乃愛はそっと息を吸った。

「入るぞ」

「う、うん……」

重たい扉が開く。
次の瞬間、中にいた全員の視線が一斉に乃愛へ集まった。

「え」

乃愛の肩がびくっと跳ねる。

ソファに座っていた人、壁にもたれていた人、机の上の地図を見ていた人まで、みんなぴたりと動きを止めていた。

そして、数秒の沈黙のあと。

「うわ、ほんとに連れてきた」

最初に声を上げたのは湊だった。
にやっと笑いながら立ち上がり、乃愛の前まで来る。

「はじめまして、お姫さま」

「お、お姫さま……!?」

「だって総長の特別でしょ?」

一気に顔が熱くなる。
乃愛が言葉に詰まっていると、玲央が湊の頭を軽く小突いた。

「変な呼び方すんな」

「でも否定しないじゃん」

「黙れ」

ぶっきらぼうに返す玲央の耳が、ほんのり赤い。
それを見たアジトの空気が一気にざわついた。

「え、今の総長、照れた?」

「まじかよ」

「貴重すぎるだろ」

あちこちからひそひそ声が上がる。
乃愛はどうしていいかわからず、思わず玲央の袖をきゅっとつかんだ。

すると玲央は何も言わず、乃愛を自分の隣へ引き寄せる。

その自然すぎる動きに、また空気がざわつく。

「距離近っ」

「無意識でそれやるの重症だろ」

「総長、独占欲だだ漏れ」

「おまえら、騒ぎすぎ」

低い声で制したのは水城奏だった。
けれどその顔も少しだけ面白がっている。

柚希はやわらかく笑って、乃愛の前に温かい飲み物を置いた。

「びっくりしたよね。大丈夫。ここにいる人たちはみんな玲央の仲間だから、乃愛ちゃんにひどいことする人はいないよ」

「……ありがとう」

ほっとして笑うと、周囲から小さなどよめきが起こる。

「今笑った」

「やば、可愛い」

「そりゃ総長も甘くなるわ」

玲央の眉がぴくりと動いた。

「おい。見すぎ」

「はいはい、怖」

「独占きた」

湊が肩をすくめながら笑う。
乃愛はもう恥ずかしくてたまらない。

すると、玲央がふいに乃愛の髪に触れた。
乱れていた毛先を、指先でやさしく整える。

「っ……玲央くん」

「さっき風、強かっただろ」

あまりにも自然で、甘い手つき。
その場にいた全員が固まった。

次の瞬間。

「うわああああ」

「見た!?」

「総長が人前でそんな顔する!?」

アジトが一気に騒がしくなる。

乃愛は真っ赤になってうつむいた。
玲央は面倒くさそうに舌打ちしたけれど、乃愛から手を離そうとはしない。

奏が小さくため息をつく。

「これだから連れてきたくなかったんだろうな」

「でも連れてきたってことは、本気ってことだよね」

柚希の言葉に、空気が少し変わる。

湊もふっと笑みを消して、玲央を見る。

「……総長」

その呼びかけに、玲央は静かに視線を上げた。

湊はいつもの軽さを少しだけ引っ込めて言う。

「この子のこと、俺らもちゃんと守るよ」

奏も腕を組んだままうなずく。

「総長の大事な存在なら、星闇にとっても大事だ」

「乃愛ちゃん、安心して。絶対ひとりにしないから」

柚希のやさしい声に、乃愛の胸がじんわり熱くなる。

こんなにこわそうな場所なのに。
こんなに危ない人たちのはずなのに。

どうしてこんなにあたたかいんだろう。

乃愛はぎゅっと胸の前で手を握ってから、小さく頭を下げた。

「……よろしく、お願いします」

その瞬間、玲央の表情がふっとやわらぐ。

「無理すんな」

低い声。
けれど誰よりも甘い響き。

乃愛が顔を上げると、玲央は少しかがんで、乃愛にだけ聞こえる声で囁いた。

「怖かったら、すぐ俺のとこ来い」

「うん……」

「つーか、最初から離す気ねぇけど」

そのひと言に、乃愛の心臓が大きく跳ねた。

「れ、玲央くん……」

「なに」

「そういうの……急に言うの、ずるい……」

消えそうな声で言うと、玲央は一瞬きょとんとして、それからふっと笑った。

「じゃあ、もっと言ってやる」

「え……?」

玲央は乃愛の頬に手を添える。

「おまえが思ってるより、俺はずっとおまえに夢中」

甘く落とされたその言葉に、乃愛はもう限界だった。
顔を真っ赤にして玲央の胸元に逃げると、周囲が一斉に沸く。

「はい出ました総長の本気」

「甘っっっ」

「こっちが恥ずかしい!」

湊が机をばんばん叩いて笑い、柚希は可愛いなあと目を細め、奏は呆れたように額を押さえる。

玲央はそんな反応を全部無視して、乃愛の肩を抱いたまま静かに言った。

「おまえら、乃愛いじるの禁止」

「えー」

「無理でしょ」

「可愛すぎるし」

「見せもんじゃねぇんだよ」

玲央の声は低い。
けれどその腕はどこまでもやさしい。

乃愛はそっと顔を上げた。
目が合う。
近い。近すぎる。

「玲央くん……」

「ん?」

「……わたし、ここに来るまでは少しこわかった」

「……ああ」

「でも今は、大丈夫。玲央くんがいるから」

その一言に、玲央の目がわずかに揺れる。

次の瞬間、彼は乃愛の額にこつんと自分の額を重ねた。

「そういうこと平気で言うの、反則」

「え……」

「……可愛すぎて、理性飛ぶ」

また甘すぎる言葉。
乃愛は何も返せなくなる。

すると湊がにやっと笑った。

「総長、そのうち本気で閉じ込めそう」

「もう半分そうだろ」

奏がさらっと言い、柚希も困ったように笑う。

玲央は否定しなかった。
そのかわり、乃愛の手を取って指を絡める。

「帰るまで、ずっと俺のそばな」

「……うん」

小さくうなずくと、玲央は満足そうに目を細めた。

危ない夜の中にいるのに。
星闇のアジトにいるのに。
不思議なくらい、乃愛の胸は甘さでいっぱいだった。

たぶんこれから先も、玲央は何度でも乃愛を守る。
誰にも渡さないように。
闇の中でも見失わないように。

そして乃愛もきっと、そんな玲央に少しずつ、もっと深く溺れていく。

星闇の総長に愛される夜は、
思っていたよりずっと、甘くてあぶなかった。
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