たしかにお姫様に憧れたことはあるけれども、一夜の過ちから親会社の若社長に「キミ以外あり得ない」と溺愛されるなんて、ありえないですよね?
「東堂……さん?」
「いや。名前って言ったら、苗字じゃなくて下の名前じゃない?」
「えっと……」
東堂秋也。
フルネームは分かっている。
けれど、男の人を名前で呼んだことがあるのは、元カレの夏樹だけ。
学生時代に恋人がいたこともあるけれど、名前で呼ぶことには慣れていない。
一夜の過ちは起こしてしまったけれど、心は意外とピュアなのだ。
そんな私にとって、男性を名前で呼ぶというのはハードルの高いものだ。
「名前で呼んでくれないと、俺会議に行けないんだけど」
「っ……しゅ……秋也さん……」
たどたどしく、ようやく呼べた名。
呼んだ瞬間、かぁっと熱が顔に集まるのが分かった。
「ん。よくできました」
へらっと柔らかく笑えば、頭に当てた手を軽く撫でた。
「それじゃあ、俺は行くから」
ふわっと数回撫でた手はすぐに離れた。
「は、はい……」
「じゃあね。オートロックとはいえ、戸締りはちゃんとするように」
玄関に着けば、最後にそう言って彼は部屋を出た。
(何も……なかった……)
安心するのと同時に、何かぽっかりと空いたような気もした。
