放課後のジントニック、美術室の魔法
私は膝の上で、オフィスカジュアルのロングスカートの生地をギュッと握りしめた。爪が手のひらに食い込んで、じんわりと痛い。その痛みが、私の本気度をさらに証明しているようだった。
「他の女の子に、取られたくないの。想像しただけで、胸の奥がキリキリして…生きた心地がしないんだよ」
一瞬、居酒屋のガヤガヤした雑音が遠のいた気がした。
沙耶はしばらく私の必死な顔を見つめていたが、やがて「はぁー……」と、これ以上ないほど深いため息を天井に向かって吐き出した。
「……そこまで本気なんだね。あの結衣がさ」
沙耶のトーンからからかうような色が消え、親友としての温かい真剣な目が私を射抜いた。
「いい?結衣。高校の時からあんたの悪い癖をいてるから言うけど、あんたは一度『ダメかもしれない』ってブレーキかけると、そのまま一生進めなくなるタイプでしょ。変なところで完璧主義だから、傷つくのが怖くて自分から心のシャッターを閉めちゃうの」
耳が痛かった。沙耶の言う通りだった。高校の時も、進路で悩んだ時も、私はいつもそうやって安全な場所に逃げ込んできたのだ。
「漏れなく今回の恋も、そのお得意の正しい言い訳で自分の気持ちに蓋をしようとしてるでしょ。でも、その蓋、もう嫉妬でパツパツになって異音立ててんじゃん。取られたくないなら、ウジウジ悩んでる暇なんてないの。悩む前に、自分から動きなさい。」
「自分から、動く……?」
「そうよ。次の金曜日…というか明日またそのバーで会うんでしょ?いつも通り話聞いてもらって、ちょっと切ない顔してバイバイするだけじゃなくて。今度はあんたから、次のデートに誘いなさい。美術館じゃなくて、あんたが行きたい、もっとプライベートな雰囲気のお洒落なカフェでもどこでもいいから、二人きりで、土曜日の昼間に会う約束を取り付けるの。お姉さんのプライドなんて捨てて、ちょっと我儘になるの!」
沙耶の力強い言葉が、居酒屋の喧騒を突き向けて私の耳の奥で何度もリフレインした。
自分から、男性をデートに誘う。そんな勇気、今までの人生で出したこともなかった。
だけど――もし私がここでいつものように『きちんとした大人』の仮面を被って踏みとどまったら、彼はいつか、本当に同年代の可愛い女の子の元へ行ってしまう。
他の誰かに彼を渡すくらいなら、私は。
「……うん。私、頑張って誘ってみる」
覚悟を決めて小さく頷いた私の顔を見て、沙耶は「よし、その意気!」と満足そうに笑い、自分のジョッキを私のグラスにカチンと勢いよくぶつけた。
「お姉さんの本気、見せてやりなさい!」
親友に背中を押され、胸の奥の炎がパチパチと音を立てて燃え広がっていく。
明日の夜、あのバーのドアを開けるとき。
私はもう、ただの『相談に乗ってもらっている頼りない年上の知人』の振りなんて、絶対にしない。
グラスの向こう、氷の反射する居酒屋の灯りが、私の決意を静かに応援してくれているようだった。
「他の女の子に、取られたくないの。想像しただけで、胸の奥がキリキリして…生きた心地がしないんだよ」
一瞬、居酒屋のガヤガヤした雑音が遠のいた気がした。
沙耶はしばらく私の必死な顔を見つめていたが、やがて「はぁー……」と、これ以上ないほど深いため息を天井に向かって吐き出した。
「……そこまで本気なんだね。あの結衣がさ」
沙耶のトーンからからかうような色が消え、親友としての温かい真剣な目が私を射抜いた。
「いい?結衣。高校の時からあんたの悪い癖をいてるから言うけど、あんたは一度『ダメかもしれない』ってブレーキかけると、そのまま一生進めなくなるタイプでしょ。変なところで完璧主義だから、傷つくのが怖くて自分から心のシャッターを閉めちゃうの」
耳が痛かった。沙耶の言う通りだった。高校の時も、進路で悩んだ時も、私はいつもそうやって安全な場所に逃げ込んできたのだ。
「漏れなく今回の恋も、そのお得意の正しい言い訳で自分の気持ちに蓋をしようとしてるでしょ。でも、その蓋、もう嫉妬でパツパツになって異音立ててんじゃん。取られたくないなら、ウジウジ悩んでる暇なんてないの。悩む前に、自分から動きなさい。」
「自分から、動く……?」
「そうよ。次の金曜日…というか明日またそのバーで会うんでしょ?いつも通り話聞いてもらって、ちょっと切ない顔してバイバイするだけじゃなくて。今度はあんたから、次のデートに誘いなさい。美術館じゃなくて、あんたが行きたい、もっとプライベートな雰囲気のお洒落なカフェでもどこでもいいから、二人きりで、土曜日の昼間に会う約束を取り付けるの。お姉さんのプライドなんて捨てて、ちょっと我儘になるの!」
沙耶の力強い言葉が、居酒屋の喧騒を突き向けて私の耳の奥で何度もリフレインした。
自分から、男性をデートに誘う。そんな勇気、今までの人生で出したこともなかった。
だけど――もし私がここでいつものように『きちんとした大人』の仮面を被って踏みとどまったら、彼はいつか、本当に同年代の可愛い女の子の元へ行ってしまう。
他の誰かに彼を渡すくらいなら、私は。
「……うん。私、頑張って誘ってみる」
覚悟を決めて小さく頷いた私の顔を見て、沙耶は「よし、その意気!」と満足そうに笑い、自分のジョッキを私のグラスにカチンと勢いよくぶつけた。
「お姉さんの本気、見せてやりなさい!」
親友に背中を押され、胸の奥の炎がパチパチと音を立てて燃え広がっていく。
明日の夜、あのバーのドアを開けるとき。
私はもう、ただの『相談に乗ってもらっている頼りない年上の知人』の振りなんて、絶対にしない。
グラスの向こう、氷の反射する居酒屋の灯りが、私の決意を静かに応援してくれているようだった。