放課後のジントニック、美術室の魔法
その日の放課後、いつものように三人での下校途中。
夏海はいつもより少しだけ口数が少なく、歩道に落ちた影をふむとうにして、トボトボと歩いていた。
「夏海、あの、土曜日は悪かった。急な用事ってのは、その……」
俺が意を決して声をかけると、夏海はピタッと足を止め、スクールバッグの紐をギュッと握りしめて俺を振り返った。
「……もういいよ」
「え?」
「航平が、私に言えないくらい大事な用事があるなら、無理には聞かない。……でもね、私、航平が急に大人っぽくなって手の届かないところに行っちゃうみたいで、それが、その…ちょっとだけ寂しかったの」
夕日に照らされたんは夏海の瞳が、ほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
「夏海……」
「でも!もう気にしない!また今度、この間食べたパフェ食べに行こ!」
無理に作ったような、いつもの元気な笑顔。夏海はそう言って、俺たちの前を小走りで駆けて行った。
大輝が隣で「やれやれ」と短くため息をつく。
俺は遠ざかる幼馴染の背中を見つめがら、胸を締め付けられるような罪悪感と、それ以上に大きくなっていく『金曜日への焦燥感』に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

***


そして、待ち焦がれた金曜日の午後八時。
俺はいつものように駅の公衆便所でブレザーを脱ぎ捨て、私服へと着替える。
今夜のコーディネートは、大輝のアドバイス通り、少ない軍資金の中から用意したライトグレーのサマーニット。前ボタンを少し開けて、中の白いカットソーを覗かせる、お洒落に疎い俺なりの精一杯の着回しだ。
黒縁の伊達メガネをかけ、ワックスで前髪を整える。鏡の中の自分に「よし」と気合いを入れ、オーセンティックバーのドアを押し開けた。
カラン、と静かにガラスの鈴がな鳴る。
「いらっしゃいませ。こんばんは、航平様」
「こんばんは、マスター。今日もジンジャーエールの辛口を」
カウンターのいつもの席に腰を下ろし、冷えたグラスを受け取る。
先週の美術館デート以来、俺の心臓は結衣さんの指先の柔らかさ、テラス席で見せてくれた無邪気な笑顔。
今日はどんな話をしようか。そんな不安と期待で、ジンジャーエールを持つ手がじっとりと汗ばむ。
ドアが開いたのは、それから間もないなくのことだった。
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