放課後のジントニック、美術室の魔法
夏海は一気に顔を真っ赤に染め上げると、ぷいっと気まずそうにそっぽを向いた。スクールバッグの紐を両手でぎゅっと握りしめながら、消え入りそうな声で呟く。
「……癪だけど。悔しいくらいに、すっごく大人っぽく見える」
「本当か?」
「本当だよ! 髪をちゃんとセットして、いつもの伊達メガネをかければ、これなら完全に二十歳超えの大学生に見えるわ。合格! 私の目に狂いはなかったね!」
夏海は無理やりいつもの元気なトーンを作ると、照れくさそうに俺の背中をバシッと大きな音を立てて叩いた。
「よし、このジャケットならインナーをもうひとパターン変えて着せるから、別の色も持ってこよう。ちょっと待ってて、店内のラック見てくるから!」
夏海が小走りで試着室を離れていくのを見送りながら、俺は姿見に映るネイビーのジャケットをもう一度見つめ、袖口を小さく整えた。
その時だった。
ふと、背後のガラス越しに通路から、刺すような視線を感じたような気がした。誰かに見られているような、奇妙な肌の泡立ち。俺はなんとなく、ショップの入り口のガラス扉の方へと振り返った。
だけど、そこには週末の買い物を楽しむ大勢の買い物客が早足に行き交っているだけで、特に誰かの姿があるわけでもなかった。気のせいか、と俺はすふに視線の違和感を頭から消し去り、戻ってきた夏海が差し出す別の服を受け取った。
まさかそのガラスの向こうに、自分の姿を静かに見つめる、少し拗ねたような視線があったなんて、この時の俺は、夢にも思っていなかった。
***
そして迎えた、金曜日の午後八時。
俺の一週間は、ここから本番を迎える。
いつものように塾の自習室を出て、駅の公衆便所に駆け込む。個室の鍵を閉め、窮屈なブレザーを脱ぎ捨て、あらかじめリュックの底に忍ばせておいた私服に着替える。
今夜のコーディネートは、先週の土曜日に駅ビルで夏海が選んでくれた、ネイビーのライトアウターに、夏海が「普通のTシャツより大人っぽく見える」と言っていた首元の少し詰まった白いインナーだ。ワックスで入念に前髪を大人っぽくセットし、仕上げに度の入っていない黒縁の伊達メガネをかける。
(この夏海が選んでくれた服をくれば、きっと結衣さんも喜んでくれるはずだ……)
「……癪だけど。悔しいくらいに、すっごく大人っぽく見える」
「本当か?」
「本当だよ! 髪をちゃんとセットして、いつもの伊達メガネをかければ、これなら完全に二十歳超えの大学生に見えるわ。合格! 私の目に狂いはなかったね!」
夏海は無理やりいつもの元気なトーンを作ると、照れくさそうに俺の背中をバシッと大きな音を立てて叩いた。
「よし、このジャケットならインナーをもうひとパターン変えて着せるから、別の色も持ってこよう。ちょっと待ってて、店内のラック見てくるから!」
夏海が小走りで試着室を離れていくのを見送りながら、俺は姿見に映るネイビーのジャケットをもう一度見つめ、袖口を小さく整えた。
その時だった。
ふと、背後のガラス越しに通路から、刺すような視線を感じたような気がした。誰かに見られているような、奇妙な肌の泡立ち。俺はなんとなく、ショップの入り口のガラス扉の方へと振り返った。
だけど、そこには週末の買い物を楽しむ大勢の買い物客が早足に行き交っているだけで、特に誰かの姿があるわけでもなかった。気のせいか、と俺はすふに視線の違和感を頭から消し去り、戻ってきた夏海が差し出す別の服を受け取った。
まさかそのガラスの向こうに、自分の姿を静かに見つめる、少し拗ねたような視線があったなんて、この時の俺は、夢にも思っていなかった。
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そして迎えた、金曜日の午後八時。
俺の一週間は、ここから本番を迎える。
いつものように塾の自習室を出て、駅の公衆便所に駆け込む。個室の鍵を閉め、窮屈なブレザーを脱ぎ捨て、あらかじめリュックの底に忍ばせておいた私服に着替える。
今夜のコーディネートは、先週の土曜日に駅ビルで夏海が選んでくれた、ネイビーのライトアウターに、夏海が「普通のTシャツより大人っぽく見える」と言っていた首元の少し詰まった白いインナーだ。ワックスで入念に前髪を大人っぽくセットし、仕上げに度の入っていない黒縁の伊達メガネをかける。
(この夏海が選んでくれた服をくれば、きっと結衣さんも喜んでくれるはずだ……)