放課後のジントニック、美術室の魔法
「……航平様。佐倉様からは今夜は仕事が長引いていてお伺いできないと、先ほどご連絡がありましたよ」
マスターの穏やかな声が、静まり返った店内に寂しく響いた。
「あ……そうですか。わざわざ、ありがとうございます」
俺は引き攣りそうになる頬を必死に固定して、大学生のポーカーフェイスを保つのが精一杯だった。
それが、すべての始まりだった。
その夜を境に、結衣さんの態度の変化は、残酷なほどわかりやすく俺の日常を侵食していった。
毎晩のように繰り返されていた、深夜の通話やメッセージのやり取りはピタリと途絶えた。画面に『結衣さん』の文字が踊ることはなく、こちらから『今週末の土曜日、どこか行きませんか』と送っても、数時間後に、
『ごめんね、最近学校の書類の仕事が忙しくて。しばらくは、お出かけ無理そうかな』
という、短くて、どこか他人行儀な返信が戻ってくるだけになった。
深夜二時。いつもなら、お互いの呼吸の音をイヤホン越しに聞きながら「おやすみ」を言い合っていた時間だ。静まり返った自室で、俺は液晶の冷たい光だけが灯るスマホの画面を見つめたまま、ぽつりと溢れた声は暗闇に虚しく消えた。
経済学部の藤代航平という偽物の存在ごと、彼女の人生から締め出されていくような、底なしの恐怖が胸をかきむしる。泥のように重い布団を頭から被っても、心臓の嫌なビートは一向に収まらなかった。
それから、何週間が経っても、結衣さんがバーに顔を出すことは二度となかった。
金曜日の夜の八時。どれだけ待っても、あのガラスの鈴の音が鳴ることはない。冷え切ったジンジャーエールを一人で見つめるだけの時間が、ただ残酷に過ぎていった。
深夜の自室。ベッドの上に仰向けになり、液晶の冷たい光だけが灯るスマホの画面を、俺は何度も、何度も見つめていた。
最後に送った『来週の金曜日、お店で待ってます』というメッセージには、丸二日経った今も、既読のマークすらつかない。
画面を閉じ、スマホを枕元に放り出す。静まり返った部屋の中で、自分の呼吸の音だけがやけに大きく響いた。
(……やっぱり、バレてるんだ)
暗闇の天井を見つめながら、心臓が冷たく、激しく脈打つ。
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