放課後のジントニック、美術室の魔法
金曜日の夜も、土曜日の昼下がりも、俺はただひたすらに、ボロボロになるまで参考書と向き合い続けた。頭がパンクしそうになるたび、あの薄暗い水族館のスロープで触れた結衣さんの手の温もりを思い出しては、ペンを握る手にぐっと力を込めた。
そして、容赦ない季節は巡り、極寒の冬を越えた春。
俺の元に届いたのは、桜の便りとともに、正真正銘の『〇〇大学 経済学部』の合格通知書だった。
大学のキャンパスライフが始まっても、俺の芯は一ミリもブレなかった。
大輝が言っていた通り、大学のサッカーサークルには、華やかで明るくて楽しい女の子たちがたくさんいた。
「藤代くん、この後みんなでサークルの新歓の二次会行くんだけど、一緒にどう? カラオケ!」
初夏の夕暮れ、キャンパスのロータリーで華やかな女子学生からそう声をかけられても、俺の胸がときめくことは一ミリもなかった。彼女たちの髪から漂う香水の匂いを嗅ぐたびに、あの薄暗いバーのカウンターで鼻腔をくすすぐった、ほんのりビターなチョコレートと柑橘系の甘い香りが、狂おしいほど脳裏に蘇ってしまうからだ。
「ごめん、これからバイトなんだ」
短く苦笑いして歩き出す。すべては、あの夜の公園で交わした約束を果たすため。本当の意味で彼女の隣に立てる「大人の男」になるための、これが俺の戦いだった。
さっきみたいに新入生歓迎の集まりや、サークル終わりの賑やかな誘いに声をかけられることもあった。だけど、俺はどんな誘いも真面目に断り、講義と、泥だらけのサッカーの練習と、そしてあの店へ行くための軍資金を稼ぐためのアルバイトだけに、自分のすべての時間を注ぎ込んだ。
金曜日の夜が来るたび、俺は隣町の路地裏へと続く道を、遠くからそっと見つめることがあった。
看板のネオンが控えめに輝く、あの隠れ家のようなオーセンティックバー。あの中に、今夜も結衣さんはいるのだろうか。今でもライム多めのジントニックを、少し疲れた顔で飲んでいるのだろうか。
ドアを開けてしまいたいという衝動が、何度も喉の奥まで突き上げてきた。
だけど、そのたびに俺はポケットの中で、アルバイトで稼いだ自分の財布を強く握りしめ、踵を返した。
まだだ。まだ、俺は本当の意味で彼女の隣に並べる男にはなれていない。スーツを買い、成人を迎え、自分の足でしっかりと社会へ踏み出すその日まで、この恋の切なさは、俺だけの秘密の燃料として胸の奥で燃やし続ける。
かつて塾の自習室を飛び出して必死に変装をしていた、あの嘘つきの高校生だった自分を、過去のゴミ箱へ捨て去るために。
ずっと信じて待ってくれているあの人に、最高の『ただいま』を言える男になるために、俺は一歩一歩、自分の時間を死に物狂いで歩き続けた。
そして、容赦ない季節は巡り、極寒の冬を越えた春。
俺の元に届いたのは、桜の便りとともに、正真正銘の『〇〇大学 経済学部』の合格通知書だった。
大学のキャンパスライフが始まっても、俺の芯は一ミリもブレなかった。
大輝が言っていた通り、大学のサッカーサークルには、華やかで明るくて楽しい女の子たちがたくさんいた。
「藤代くん、この後みんなでサークルの新歓の二次会行くんだけど、一緒にどう? カラオケ!」
初夏の夕暮れ、キャンパスのロータリーで華やかな女子学生からそう声をかけられても、俺の胸がときめくことは一ミリもなかった。彼女たちの髪から漂う香水の匂いを嗅ぐたびに、あの薄暗いバーのカウンターで鼻腔をくすすぐった、ほんのりビターなチョコレートと柑橘系の甘い香りが、狂おしいほど脳裏に蘇ってしまうからだ。
「ごめん、これからバイトなんだ」
短く苦笑いして歩き出す。すべては、あの夜の公園で交わした約束を果たすため。本当の意味で彼女の隣に立てる「大人の男」になるための、これが俺の戦いだった。
さっきみたいに新入生歓迎の集まりや、サークル終わりの賑やかな誘いに声をかけられることもあった。だけど、俺はどんな誘いも真面目に断り、講義と、泥だらけのサッカーの練習と、そしてあの店へ行くための軍資金を稼ぐためのアルバイトだけに、自分のすべての時間を注ぎ込んだ。
金曜日の夜が来るたび、俺は隣町の路地裏へと続く道を、遠くからそっと見つめることがあった。
看板のネオンが控えめに輝く、あの隠れ家のようなオーセンティックバー。あの中に、今夜も結衣さんはいるのだろうか。今でもライム多めのジントニックを、少し疲れた顔で飲んでいるのだろうか。
ドアを開けてしまいたいという衝動が、何度も喉の奥まで突き上げてきた。
だけど、そのたびに俺はポケットの中で、アルバイトで稼いだ自分の財布を強く握りしめ、踵を返した。
まだだ。まだ、俺は本当の意味で彼女の隣に並べる男にはなれていない。スーツを買い、成人を迎え、自分の足でしっかりと社会へ踏み出すその日まで、この恋の切なさは、俺だけの秘密の燃料として胸の奥で燃やし続ける。
かつて塾の自習室を飛び出して必死に変装をしていた、あの嘘つきの高校生だった自分を、過去のゴミ箱へ捨て去るために。
ずっと信じて待ってくれているあの人に、最高の『ただいま』を言える男になるために、俺は一歩一歩、自分の時間を死に物狂いで歩き続けた。