『ひとりの少年』
「被写体」
世の写真家は、被写体を雇う。
時によって、撮りたい雰囲気によって、雇う被写体を変える。
だけど僕は、たった一人を見つけて、その一人をずっと撮って居たいとずっと思っていた。
だから、探していた。僕がずっと撮って居たいと思える人を。
いや、心の底から、本音で、撮り続けたいと思う人を。
僕にカメラを教えた父は言った。
「いつかお前は誰かに一目惚れして、人を見つける」と。
当時幼かった僕は無邪気に、それがどの様な人なのか問うと、父は言った。
「運命のひと」と。
運命なんて、一目惚れなんて、二次元に留まる話ではないのか。
僕はそう思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
これほどまでに強く惹かれて、話したくて、声を聞きたくて。
そばに居たくて、離れたくない。だけど、近いと心臓が可笑しくなる。
そんな、ひと。
彼女と初めて話したその日から、僕はひたすら走った。
――翌日。駅。
ああ、彼女だ。
そう思うと、無意識に口元が緩みそうになる。カメラを構えそうになる。
君にとっては、きっとまだ僕のことは顔見知り程度でしか無いだろう。
名前も知らない、突然声をかけてきた変な高校生に違いない。
だけど、僕にとっては。
もう、世界でひとつの、たったひとつだけの宝物に見える。
物というのは可笑しい。そうだな、「雪の結晶」と言おう。
彼女はまるで、雪みたいに白いから。
白く薄い、滑らかな肌に、少し癖のある、可愛らしい綺麗な茶髪。少し色の濃い茶色い大きな瞳。長い睫毛。整った、高い鼻筋。柔らかそうな頬。
薄い訳でもないが、厚いでもない、形の整った唇。
ああ、何て綺麗で、何て愛おしいんだろう。
恋とは恐ろしい。人を変えてしまう。
自分でさえ知らなかった単純なところや、醜いところを見せつけられる。
そして、誰かを、どうしようもないほど、酷く愛しく感じる。
僕は少し速足で、駆け寄る。
「こんにちは」
すると彼女はイヤホンを片方外して、驚いた様に僕を見上げる。
「ああ、この間の………」
「うん。覚えててくれて嬉しい」
「いえ。印象的だったので」
同じ方向の電車、同じ最寄り駅。ついつい運命を感じてしまう。
電車に乗って、隣に立って。他愛の無い話をする。
彼女は最初の方こそ緊張していたものの、段々とよく笑う様になってくれた。
素敵な笑顔。
連絡先を交換した。できた。言えた。.........とんでもなく嬉しい。
そして暫くして、学校の最寄り駅でそれぞれ降りる。彼女が先だった。
「またね」と僕が声をかけると、
「はい、また」と返してくれた。
…………嬉しい。
今日は彼女について色々知れた。
彼女はここらでは良い意味で有名な女子高の生徒であること、僕と同じ高校二年生であること。
そして何より、僕が声をかけた時の感想。
最初は、不審者だと思ったらしい。無理もない。
それを聞いたときは思わず、少し吹き出してしまったが。
でも話していくうちに、僕に興味を持ってくれたそうだ。
これは今日の大きな進歩と言える。
この調子で、毎日、毎朝話しかければ、いつか彼女は僕を見てくれるだろうか。
そんな期待を胸に、僕は電車を降りた。
いつもの授業、いつもの友達。いつもの放課後。
秋に入る前の世界はとても綺麗だ。
空気が澄んでいる。なのに夕焼けが綺麗で、なのに雲がある。
僕はいつも通り、カメラにそれを収める。
そして、家に帰る。
