狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第一話 勇者と騎士
剣が宙を舞った。
大魔王との戦いでも絶対に離さなかった、僕の剣が。
「え……?」
抜けるような澄んだ青空の下。
弾かれた剣はくるくると回って、鈍い音を立てて地面に突き刺さる。
「勝負あり!」
負けるわけがない。
そう信じて挑んだ僕の耳に、戦いの終わりを告げる立ち合い人の声が響く。
その無慈悲な宣告に、この戦いを見ていたみんなが、声も出せずに目を見開いているのが視界に映った。
「俺の勝ちかな」
地面に突き刺さった剣を呆然と見つめる僕の前に、冷たい刃が突きつけられる。
嘘だ。
僕が負けるはずがない。
まだ剣の感触がはっきりと残る手を握り締めて、見上げた先。
言葉少なに僕を見下ろす『全身甲冑の騎士』に、僕はただ、悔しげな視線を向けることしかできなかった――。
――――――
――――
――
ことの始まりは一カ月前。
百年近く続いていた大魔王率いる魔族の侵攻を、僕はほとんど一人で追い返し、ついには決戦を挑んできた大魔王を一騎打ちでボコボコにして勝利を掴んだ。
まだ十七歳になったばかりの小娘が、勇者になって世界を救う。
そんな夢みたいな話を現実にして、僕は故郷のルーナ神聖領国に凱旋した。だけど――
『ルーナ神聖領国の姫にして、人間どもの勇者エルルーナ・ファルセイオンに告ぐ。よくも我ら魔族をボコボコにしてくれたな。絶対に許さないから食い物と夜道と呪いと暗殺にはせいぜい気をつけるがいい! フハハハハハ!』
大魔王直筆の暗殺予告。
国に戻った僕を待っていたのは、みんなの笑顔だけじゃなかった。
どう考えたって逆恨みの子供じみた手紙だけど、お父様や他のみんなはそうは思わなかった。
「エルルーナよ。しばらくの間、お前がこの国から出ることを禁じる」
「そんなっ!?」
ボコボコにはしたけど、大魔王はまだ生きている。
魔族の軍勢も撤退したけど、壊滅したわけじゃない。
人と魔族の戦いはこれからも続く。
そんなときに勇者である僕が暗殺されることを、お父様は恐れたんだ。
「もう一つ、お前には私が選んだ護衛を付けてもらう。不自由をさせるが、これもお前の身の安全のためなのだ」
「ご、護衛って……世界で一番強い僕を守れる人なんて、いるわけないでしょう!?」
「いる」
お父様の言葉は、確信に満ちていた。
その人が僕より強いって、心の底から信じている声だった。
「私が戦場でこのような体になったあと、お前と同じようにたった一人で魔族の侵攻を食い止めていた男がいる。今は訳あって身を引いているが、その力はたしかだ」
「僕と、同じ……?」
しばらくしてお父様が連れてきたのは、薄汚れた全身鎧を着た一人の騎士だった。
「ふぁ~、ねむ……」
「この者の名はディレイ・ハーレン。今このときより、ディレイをエルルーナ付きの護衛騎士に任じ、エルルーナを守るために必要なあらゆる権限を与える」
馬鹿げてる。
そう思った。
いくら僕を守るためだからって、こんなどこの誰ともわからない人と四六時中一緒なんて、考えただけで寒気がする。
だいたい、さっきからみんなの前で話しているのはお父様ばかり。
肝心の鎧男はまともな挨拶もしないし、謁見の場だっていうのに兜も外そうとしない。
鎧越しでもやる気がないのが丸わかりだし……って、今絶対にあくびしたでしょ!?
「待ってくださいお父様! やっぱり、僕は納得できませんっ!」
もう我慢できない。
僕には護衛なんて必要ないし、こんな意味不明な人に守られるのも絶対に嫌だ。
心配してくれているお父様には悪いけど、ここからは僕のやり方でやらせてもらう!
――――――
――――
――
勝てるはずだった。
負けるかもなんて、頭の片隅にも浮かばなかった。
だから臣下立ち合いの元、国のみんなを集めて模擬戦を挑んだんだ。
護衛なんていらない。
大魔王を倒したこの国の勇者は、暗殺に怯えて隠れたりしないって。
勝って、みんなを安心させてあげたかったのに――
「まだやる?」
「くっ……」
完敗だった。
目の前の騎士を相手に、僕は斬り合うこともできずに初手で剣を飛ばされた。
力なのか技なのか、それとも僕の知らない魔法なのか。
敗因すらわからないくらいに、一瞬で負けた。
「負け、ました……」
「ん」
絞り出すように認めて、思わず尻餅をついた。
頭の中が真っ白で、なにも考えられなかった。
悔しい。
悔しい、悔しい悔しい……っ!
これじゃあみんなを勇気づけるどころか、もっと心配させただけじゃないか。
失望。
不安。
悲観。
僕を見るみんなの目が、暗い色に染まっていくのがわかる。
けどそんな僕を尻目に騎士……ディレイは、ゆっくりと引いた剣を気怠げに鞘に収めて背を向けた。
そして、一言。
聞こえるか聞こえないかくらいの眠そうな声で、ぼそっと呟いたんだ。
「よっわ」
「は?」
は?
言葉の意味を理解した瞬間、時間が止まったみたいに感じた。
それくらい、本気で頭にきた。
「はぁああああああああああああああああっ!?」
平然と投げつけられた騎士の言葉。
僕はここがみんなの前だってことも忘れて、いつぶりかもわからない『ぶち切れ絶叫』を広場にこだまさせた――。
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