狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第二話 からっぽの鎧
「なんなんですか、あの人……」
自分の部屋に続く広い廊下を歩きながら、僕はぽつりと呟いた。
魔族と戦っていた頃だって、ここまで気持ちが沈んだりしなかったのに。
「あははー。まあまあ、落ち着いてよ。『あいつ』もああ見えて良いところもあるんだよ? まあほんの少し……いや、かなりの怠け者で口が悪いってだけでさー」
「なんですかそれ……」
僕の落ち込みを察して離れていったみんなとは別に、大きなとんがり帽子とローブ姿に、ねじれた木の杖を持った小さな女の子――ノルンが、眠そうな声であのディレイとかいう騎士にフォローを入れた。
子供みたいな見た目だけど、彼女は僕やお父様よりずっと年上。
何百年も宮廷魔術師として王家を支えてくれている、凄い魔法使いなんだ。
「でも多分だけどー……少し話せばエルルもそう思うんじゃないかなー?」
「そうだとしても、ちょっと今は無理そうです……」
「そっかー、よしよし」
情けない……。
お父様やみんなをあんなに心配させて。
勇者だなんて持ち上げられて、いい気になってたのかな……。
「じゃあどうする? どうしてもエルルが嫌なら、わたしからもブレイアスに言ってあげようか?」
「……負けたら護衛を認めるって言ったのは僕です。嫌は嫌ですけど、自分で言い出したことを曲げるつもりはありません」
「ひゃー、相変わらず真面目だねー。まあ、何かあったらいつでも言ってね。わたしもなるべく手伝うからさー」
「うぅ、ありがとうございます……」
長い廊下の先。
ずっと一緒にいてくれたノルンにお礼を言って、僕はそのまま自分の部屋に戻った。
模擬戦で負けたはずなのに、僕の体には傷一つ付いていない。
けど心の傷はとても深くて、一人になった途端に悔しさとやるせなさが押し寄せてきた。
「え……?」
「ん?」
肩を落として、ため息をつく。
けどそうしてから顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、ついさっき僕を一瞬で倒した騎士の姿だった。
「な、なな……なんで貴方がここにいるんですかっ!?」
「なんでって、君のお父さんに離れるなって言われたし……」
「ふ、ふざけないでくださいっ! いくらお父様の命令だからって、部屋の中まで入ってくるなんて失礼ですよ!」
護衛だからって、許可もなしに部屋に入って待ってるなんて。
ノルンにはああ言ったけど、もう心が折れそう……。
「貴方が僕の護衛をすることについては……約束どおり文句は言いません。けどせめて、僕の部屋に入るときはその前に確認してくださいっ」
「んー……まあ、それはそうか。わかったよ」
「ほんとにわかったのかな……」
ああ、もう本当に最悪。
こんなに言ってるのに、この人から聞こえるのは気の抜けた返事ばかり。
兜もかぶりっぱなしだから、僕はこの人の顔もまだ知らない。
そんな相手とこれからしばらく一緒だなんて、考えただけで目の前が真っ暗になった。
「なんなんですか、もう……」
負けて、馬鹿にされて、みじめで。
部屋には顔も知らない男の人が勝手に待っていて。
本当に限界。
僕は部屋の椅子にぺたりと座り込むと、何度目かもわからないため息をついた。
どうして。
どうして僕は負けちゃったんだろう……。
「……なんで、僕は負けたんですか」
「うん?」
「僕はあの大魔王だって倒したんですよ。それなのに……どうして僕は負けたんですか」
なんだかもう、なにもかもが嫌になって。
テーブルに顔を突っ伏したまま、僕はそんなことを尋ねていた。
「……力みすぎ」
こんなことを訊いたって、さっきみたいに馬鹿にされるかもしれない。
一瞬よぎった僕の心配をよそに、目の前の騎士は少しの間考えて、静かにそう言った。
「さっきの俺との勝負、君は俺のことなんて見てなかった。君が見てたのは、あの場に集まった王様とか宰相様とか、戦いに無関係な人の顔色……多分だけど、『強い勇者の僕が負けるところなんて絶対に見せられない』……とか、そんな風に考えてたんじゃないの?」
「うぐ……」
言い返せなかった。
悔しいけど、たしかにこの人の言うとおりだったから。
「だから敗因があるとすれば、それは君の『勝手な自滅』。俺が強いとか君が弱いとか、そういう話じゃない」
びっくりした。
さっきまで、どこからどう見てもやる気の欠片もない変な人だったのに。
この人の説明は的を射ていて、僕が『必死に隠している心の奥』を見透かしているみたいだったから。
「で、でもそれなら……どうして僕を弱いなんて言ったんですかっ? いくらなんでも、あんなのひどいですよっ!」
「弱いのは事実でしょ。自分の腕にうぬぼれて、まだ戦ってもいない俺を勝手に格下に見て侮った。油断も慢心もしない分、剣を握ったばかりの新兵のほうがまだマシだよ」
口悪っ!?
「むかむかーっ!? そ、そりゃあ僕がみんなの目ばっかり気にしてたのは事実ですけど、そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ!」
やっぱり前言撤回!
もしかしたらちゃんとした人なのかも……なんて。
少しだけ見直したら一瞬で馬鹿にしてきたし、相変わらず態度は悪いしで全然だめ!
そもそも、さっきから一番許せないのは――!
「だいたい貴方だって、会ってからずーーーーっと顔も見せないなんて失礼ですよっ! せめて兜くらい外したらどうなんですっ!?」
「ん? え? あ、ちょ……待て待て待て! 俺に触るな!」
「いやでーす! 待ちませーんっ!」
「ぴぎゃーーーーっ!?」
言うが早いか、僕は目の前の騎士に飛びかかってやった。
意外なほどあっさりと不意を突けて、そのまま一瞬で兜に手をかける。
そもそもこれだけ僕を馬鹿にして、こっちだけ色んな顔を見られるなんて不公平!
もしかしたら他人に素顔を見せたくない事情があるのかもしれないけど、この先僕の護衛になるなら、ちゃんと顔は知っておく必要が――
「って、あれ……?」
取り上げた兜をどけた先。
けどそこには僕が期待した、口の悪い騎士の素顔はなかった。
あるのはからっぽの鎧と、その向こうに広がる僕の部屋の景色。
「はぁ……だから待てって言ったのに……」
あまりのことに固まる僕の耳に、さっきまで聞こえていたのと同じ、気だるげな男の人の声が届く。
僕はなにも言えなかったけど。
彼のその声は、ちゃんと僕の目線の先。
本当なら彼の顔があるはずの場所から聞こえていた――。