狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第六話 似合ってます
「へー! いいねいいねー、とってもいい考えだと思うよー!」
「はい。なのでここは僕が……ちょっと、動かないでください!」
昼食を終えてすぐの僕の部屋。
僕はディレイさんの新しい服を用意するために、ノルンと一緒に『なにもない空中』に長さを測る紐を当てていた。
「動くなって言われてもさ~……こんなに人にベタベタされるのは気まずいっていうか……」
「あと少しだけ我慢してください。それとも、ノルンのほうがいいですか?」
「あー……どっちでもいいっす……」
なにも無いって言っても、そこには宙に浮いたように見える兜と左右のガントレット、床には両足が揃ったブーツがある。
つまり見えないだけで、兜やガントレットの間にはちゃんとディレイさんの体がある。
だからそれを目印にすれば、ディレイさんの採寸だってできるんだ。
「なにも知らない人にはこんなこと頼めませんけど、貴方の事情を知ってる僕なら平気です。あとはディレイさんの採寸に合った服を、買うなり仕立てるなりすれば、っと……」
「いや、ありがたいけどさ……俺みたいなただの護衛に、なんでここまでしてくれるの?」
「僕がしたいからです」
足先から頭まで、鎧の分を差し引きながら紐を当てる。
最初はディレイさんに近付きすぎて紐が消えたりしたけど、やっていくうちに、どれくらいなら大丈夫なのかとか、僕にもコツが掴めてきた。
身長は……僕よりずっと高い。
腰回りはスマートで……けどいつも眠そうなくせに、胸板や肩にはしっかり筋肉がある。
それにこの腕……この鍛え方は、今もずっと剣を握ってる人の腕だ。
ディレイさんは引きこもりって言うけど、この人はその間もずっと稽古を続けてたんだ。それも……きっと『僕以上』に。
「だけどさっすがエルルだねー。あの『ひねくれ者でなまけ者のディレイ』と、こんなすぐに仲良くなっちゃうなんてさー」
「あのさ、ノルンって俺への当たり強くない……?」
「えへへー」
真面目に採寸する僕を横目に、ノルンは手に持った杖で透明なディレイさんの体をつんつんして笑ってる。
ディレイさんも困ってはいるけど怒ったりはしなくて、なんだか妙に知った仲みたいな――
「――そういえば、お二人は知り合いなんでしたっけ? たしか前にも、ノルンはディレイさんのことを知ってるみたいに言ってましたよね」
「そーだよー。昔はわたしもブレイアスと一緒に魔族と戦ってたからさー。ディレイのことは、まだ子供だった頃から知ってるもんねー!」
そういえばそうだった。
お父様が怪我をしてからはずっとお城にいるけど、昔はノルンも前線で魔族と戦ってたって聞いたことがある。
「へー! なら昔のディレイさんって、どんな人だったんですか?」
「ちょ……っ!? そういうのはいいから! 別にそんな話聞いたって、ちっとも面白くないって!」
「んーとねー……わたしが言うのもなんだけどー……」
何気なく尋ねた僕に、ノルンはなんだか勿体ぶるみたいに口をもごもごさせた。
しかもちょっと赤くなって、すぐ隣のディレイさんをちらちら見上げてる。
なんだか、こんなノルンは初めて見たかも……。
「まー……結構、かっこよかったかなー……まだ子供なのにすっごく強いし、まっすぐで、純粋で、優しくてさー……」
「え……?」
「ま、待って待って待って! なに俺の許可もなしに喋ってんの!?」
まっすぐで、純粋で、優しい。
昔のディレイさんについて僕に話すノルンの表情には、いつもの茶目っ気も、悪戯好きなところもなかった。
「だってほんとにそうだったんだよー! わたしだって君がいつも一生懸命で、頑張ってるの見てたもん。だから……本当にごめんね」
「ノルン……?」
「わたしがディレイの呪いを治してあげられたらよかったのにって……今でも思ってるよ。きっと、ブレイアスも……」
そう言って肩を落とすノルンに、ディレイさんは困った様子でため息をついた。
「あははー、なんだか暗くしてごめんね。けどエルルもさ、もし今日みたいにこの子にしてあげたいことがあったら、いつでも声かけてー。わたしもなるべく協力するからさー!」
――――――
――――
――
「さあどうぞ、さっそく着てみてください!」
「あー、うん……」
次の日。
一から仕立てをお願いした服とは別に、僕とノルンは出来合の服を都のお店で買ってきて、ディレイさんに渡していた。
どうせ三着や四着じゃ足りないんだし、少しでも早く新しい服を着てみてほしかったから。
「着たけど……」
「まあ、当たり前だけど……見えないねー……」
「そうですね……」
着替えを終えたディレイさんが、扉を開けて入ってくる。
ブーツのおかげで彼がそこにいるのはわかるけど……やっぱり、僕が選んだ服はディレイさんと一緒に見えなくなっていた。
「はぁ……なんだかごめんね。せっかく二人が色々してくれたのに。『どう、似合うかな?』 ……なんて、気の利いたことも言えなくてさ」
「ディレイー……そんなことないよー……」
いつもどこか冗談混じりのディレイさんの声が、そのときはすごく寂しそうだった。
ノルンの言うとおり、謝る必要なんてないのに。
「……似合ってますよ」
「え?」
だから、僕は前に出た。
前に出て、ディレイさんがいるはずの場所に手を伸ばした。
「見えなくたって……服が似合ってるかどうかは、こうすればわかります」
手を伸ばして、そこにあるディレイさんの体に触れる。
自分で採寸したおかげでどこに肩があって、どこから腕があるのか。
この人の体格のイメージは、はっきり頭の中に描くことができたから。
「こうすればって……そんなことしたら、君の手まで消えちゃうだろ!?」
「離れればすぐに元に戻るんですから、なんの問題もないです。うん……触った感じ、サイズもぴったりですね」
「おいおい……」
「エルルーっ!」
やがて伸ばした僕の手が、呪いに飲まれて肘の辺りまで完全に見えなくなる。
その光景に僕は一瞬ゾッと背筋を冷やしたけど……大丈夫。
こんなの、大魔王の攻撃にくらべれば全然怖くない。
どうして、こんなことをしたのか。
どうして僕は、この人のことを放っておけないのか。
もしこのとき誰かにそう聞かれても、僕はきっと答えられなかったと思う。
ただ、とにかく嫌だったんだ。
きっと今日まで、誰かのために必死に生きてきたはずのこの人が。
辛い目にあって、寂しそうにしているのが。
すごく、嫌だった。
「やっぱり、とっても似合ってますよ。他の服も、初めて着るときには僕に見せてくださいね」
「あー、うん……ごめん、ありがと……」
「はいっ」
見えなくたってわかる。
見えなくなって、わかることはたくさんある。
だってそう言われたときのディレイさんがどんな顔をしてたのかは、見えていない僕にも、なんとなくわかったから――。