狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第五話 真面目な二人
「ディレイさんって、おいくつなんですか?」
僕がみんなの前で正式にディレイさんを護衛騎士に任命してから、二日後のお昼。
開け放たれた窓の外には澄んだ青空が広がって、涼しい風が白いカーテンを揺らしていた。
「んー……二十? いや、二十一だったかな?」
「ええええっ!? 僕とそんなに変わらないじゃないですかっ! というか、その……すみません、もっと年上だとばかり……」
「平気だよ。だいたい、顔も見えない俺の歳なんてわかるわけないし」
あの日の宣言で正式に僕の護衛騎士になったディレイさんには、今日も朝から僕の話し相手になってもらっていた。
「お食事はどうしてるんですか? ナイフもフォークも握ったら消えちゃうんですよね?」
「前も言ったけど、この鎧をつけたままなら食器も食べ物も消えない。前に一度だけ素手で食べてみたんだけど、自分の手もパンも見えないから、思いっきり鼻の穴に突っ込んじゃってさぁ」
「うわぁ……」
ディレイさんとのお話は、とても興味深いことばかりだった。
昨日もこんな風に一日中話していて、気がついたら夜だったし。
「なら、寝るときは?」
「さすがに鎧は脱いで寝てるよ。俺の寝てる場所……たとえばベッドとかが一緒に消えちゃうけど、朝になって俺が起きればまた見えるようになるし」
「つまり、どこまでも見えなくするわけじゃないんですね」
「そうだね。距離で言うと数歩先くらい。それに地面とか壁とか、大きな物ほど消えるのには時間がかかる。だから俺が裸足でも、歩いてればまず足元は消えないかな」
「ふむふむ……」
僕が気になったことを、ディレイさんはなんでも教えてくれた。
最初は口の悪い変な人かと思ってたけど、ちゃんと話してみたら全然そんなことない。
たしかに無神経なところもあるし、周りの空気なんて知りませーんってところもあるんだけど。
「ところでさ。君……じゃない。エルルは、どうして俺を護衛のままにしたの? 初日なんて、思いっきり俺に怒ってたのに」
話が一段落した頃、ディレイさんは不意にそんなことを口にした。
「そりゃあ、あんなこと言われたら誰だって怒りますよっ! でもあの模擬戦に負けた時点で、僕は貴方を受け入れるって決めてましたから……」
「ふーん……最初はみんなの前だけなのかと思ってたけど、もともとそーいう感じなんだ?」
「むむ……なんかひっかかる言い方ですね。そういう感じって、どういう感じですか」
なんだかからかわれてるみたいな気がして、僕は思わず下唇を突き出して暗い兜の向こうにジト目を向けた。
「別に変な意味じゃないよ。真面目で頑張り屋なんだなーって思っただけ。俺にはそういうの無理だからさ。ふぁ~……」
寄りかかった椅子を後ろに倒して、ディレイさんは眠そうにあくびをして見せる。
そういえばこの人、『睡眠を愛してる』んだった……。
「でもディレイさんだって、みんなの前で言ってたじゃないですか。お父様に頼まれて、その期待に応えるために来てくれたんですよね?」
「まあね」
ディレイさんの兜が、鈍い音を立てて窓の外を見る。
でも窓から差し込む真昼の日差しは、兜の奥にある影を照らしたりはしない。
「俺が今こうしていられるのは、あの人のおかげだから」
「そうなんですか?」
「俺の生まれた村は、俺が子供の頃に魔族にやられてね。親も兄弟も殺されて一人になった俺を拾って、勉強や剣を教えてくれたのが君の親父さんだったんだ」
「お父様が……」
知らなかった。
たしかに、昔のお父様はずっと前線で戦ってて、ほとんど国に帰らなかったって聞いたけど、そんなことをしてたなんて……。
「俺にはあの人に返しきれない恩がある。こんな呪われた体で人前に出るのも、真面目に仕事をするのも嫌だけどさ。あの人にお願いされたら……まあ、やるしかないよね」
「ふふ、そうなんですね」
「そうだよ、そうそう」
僕と目を合わせないままの言葉に、思わず笑い声が漏れた。
たった今僕のことを真面目だって言ったその口で、その僕から見ても律儀だなって思うようなことを平気で言うんだもの。
「ちょっと、嬉しいです」
「なにが?」
「お父様が僕に護衛を付けるって言ったとき、すごく嫌だったんです。いきなり見ず知らずの人と一緒に過ごすのもそうですけど、お父様が僕を信じてくれていないような気がして……」
「……」
すっかり弱気になってしまったお父様を、安心させてあげたかった。
政治のことはまだまだだけど、剣はもう一人前になったんだって。
大魔王だって倒せるくらいに立派になったんだって、お父様に喜んでもらいたかった。
「僕が勇者として戦ってこれたのは、お父様を安心させたかったからなんです。だからディレイさんがお父様のためにここに来てくれたって聞いて、僕と同じなんだって……そう思って」
なんだか、似てるかも。
もちろん、僕とディレイさんじゃ考え方も性格も全然違う。
なのに僕はこの人に、不思議な親近感を覚え始めていた。
「ぜんっぜん違う。やっぱりエルルは真面目すぎ」
「ええっ!?」
けど僕のそんな勝手な思い込みは、当のディレイさんに一瞬で否定された。
「もし俺が親父さんの立場だったとして。大切な一人娘が狙われたりしたら、その子が世界で一番強くたって心配だよ。信じてるとか信じてないとか、そんな話じゃなくない?」
「それは……」
ほ、本当だ……。
言われてみれば当たり前のことを突きつけられて、さっきまでの自分の考えが駄々をこねる子供みたいに思えてくる。
「そうかもです……すみません……」
「ぷくくっ……そんな顔しないで。そのくそ真面目なとこが、エルルのいいところなんじゃない? 知らないけど」
「うぐ……っ」
そんな雑にフォローされても、余計に肩身が狭くなるだけなんですけど……。
うぅ、あとでちゃんとお父様に謝らないと。
けどその時、恥ずかしさのあまり思わず下を向いた僕の頭に、なんの脈絡もない疑問が浮かび上がる。
「そういえばディレイさんって、鎧の下はなにを着てるんです?」
「は?」
「さっき、鎧を着たままなら食器も食べ物も消えないって言ってましたよね? でもそれなら、鎧の下の服はどうしてるのかなって」
「……」
僕の素朴な疑問に、ディレイさんの返事が止まった。
というか、なんだかすごく気まずそうなんだけど……。
「今それ聞く?」
「聞きます。気になったので」
「んー……どうせ見えないし、思いっきり適当。というか、呪われてから今日まで二着ある同じ服をずっと着回してる」
「うえっ!? なんですかそれ!?」
予想どおりとも予想外とも言える返事に、僕の悲鳴みたいな声が上がった。
「ま、待って待って! ちゃんと洗濯はしてるから! その証拠にほら、四六時中こんな格好なのに臭ったりしてないでしょ?」
「そ、そういう問題じゃないですよっ! いくら見えないからって、そんなの――」
――ディレイさんが大変じゃないですか。
こんな呪いにかかってたら服の採寸だってできないだろうし、そもそも普通のお店で買い物だってできなかったはず。
この人は、そんな当たり前のことにもずっと不自由してきたんだ――。
「……服、僕が用意します」
「え?」
「僕に考えがあります! お昼を済ませたら、すぐに始めましょう!」