冷徹若頭の溺愛指令 ─極道の娘とボディガード─

プロローグ

-プロローグ-

東京の夜景を静かに見下ろす、
都内某所の重厚な日本家邸宅。

関東一円を牛耳る『一条組』の総本部であるその一室に、
張り詰めた緊張感が漂っていた。


「……これはいったい、どういうことだ」


低い、だが底知れぬ威圧感を湛えた声が響く。

一条組組長・一条宗一郎(49)は、
無機質なデスクの上に置かれた一枚の写真から、
険しい視線を外そうとしなかった。

漆黒のスーツに身を包んだ宗一郎の額に、
青筋が浮かぶ。
綺麗に整えられた黒髪の奥の目が、
怒りと焦燥で鋭く光っていた。

机の上にあるのは、
一枚の封筒と、そこから引き抜かれた写真。

そこに写っていたのは――宗一郎にとって命より大切な愛娘、由梨香(24)の姿だった。





「……っ!」

写真は合成だった。
だが、その内容は宗一郎の逆鱗に触れるには十分すぎるものだった。

下着姿にされ、
口には何重もの黒いガムテープが容赦なく貼られ、
後ろ手に拘束されている由梨香。
そして、
複数の男たちに両脚を無理やり開かされている――あまりにも屈辱的で、
悪質な淫らな合成写真だった。


「……くそっ……!」


宗一郎の手が、
ガタガタと震えながらデスクの端を強く掴む。

組長として数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の顔から、
一時的に余裕の色が消え去っていた。

写真の脇には、
冷酷な文字でこう綴られた脅迫状が添えられていた。


『可愛い一人娘のこんな姿を、
世間にバラされたくなければ……、いや、本当に奪われたくなければ、
今すぐ一条組の看板を下せ。
カタギのフリをして生きる老いぼれに、
もうシノギを仕切る資格はない
――蒼牙会』


「蒼牙会……!」


宗一郎の喉の奥から、
殺気を含んだ唸り声が漏れた。


裏社会で急速に勢力を拡大し、
麻薬や誘拐、違法金融といった外道な犯罪に手を染める新興の半グレ・暴力団融合組織『蒼牙会』。

義理人情を重んじ、
カタギには手を出さない一条組とは対極に位置する卑劣な連中だ。

奴らは、
真っ当に生きようとする一条組のシノギを脅すため、
そして組の看板を下ろさせるために、
あろうことか無抵抗な一般人として暮らす由梨香をターゲットにしやがったのだ。


「……失礼します」


静かなノックの音とともに、
重厚な扉がスライドして開いた。

入ってきたのは、黒縁眼鏡をかけ、完璧な黒スーツ姿を纏った一人の男。

一条組と同盟関係にある強力な組織『黒曜会』の若頭であり、
普段は宗一郎の経営する建設会社『株式会社ノクターン・エステート』で穏やかな秘書を務める、
氷室響(28)だった。


「響君か……。
丁度いい、これを読んでくれ」

宗一郎は震える手で、脅迫状と合成写真を響の前に突き出した。


響は無言のまま、
すらりとした長身を進め、
デスクの上の写真と手紙に視線を落とした。
その瞬間――。

響の冷徹な美しい顔の奥底で、何かが激しく軋んだ。





いつもは無表情で、
感情を一切表に出さない漆黒の瞳が、
わずかに、
しかし確実に険しい光を帯びる。

高身長188cmの圧倒的な体躯から、
周囲の空気を凍りつかせるような殺気が静かに溢れ出した。


「……これは」


響の低い声が部屋に響く。

普段は冷静沈着な若頭が、
わずかに歯噛みするのが分かった。

幼い頃からずっと、
誰にも言えずに密かに想い続けてきた女性――由梨香。
その大切な人が、
こんな卑劣な方法で汚され、脅しの道具に使われている。


「由梨香が危ない……!」


宗一郎は頭を抱え、
苦渋に満ちた声を絞り出した。

娘には、
自分が極道の娘であることを隠し、普通の社会人として――アパレルショップ『Lumière Intime』の店員として、
平穏に生きてほしいと願っていた。

彼氏のチャラ男・笹川龍平とうつつを抜かしていることは気に入らないが、
それでも笑顔で過ごしてくれればそれでよかったのだ。
それなのに、こんな外道どもの魔の手が由梨香に伸びていたなんて。


「……組長」





響は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、
冷徹な声で言った。
その表情から先ほどの動揺は消え、代わりに絶対的な支配力を持つ男の冷酷さが戻っていた。


「お嬢様の元には、今すぐ俺が向かいます」

「響君……しかし、
あいつはボディガードを嫌がっている。
お前が行っても、
いつものように邪険に扱われるぞ」

「構いません」

響はきっぱりと言い放った。


一人称の「俺」という言葉に、
命をかけてでも由梨香を守り抜くという強固な意志が宿る。

「悠長なことを言っている場合ではありません。
蒼牙会の連中が動き出している以上、
一刻の猶予もない」

響は宗一郎を見据え、深く、
しかし力強く頭を下げた。

「お嬢様は、俺が必ず守ります。――あの方に指一本触れさせる気はありません」


その声には、
若頭としての冷徹さと、
一人の男として由梨香を狂おしいほど溺愛する執着が、静かに、
しかし確実に混ざり合っていた。
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