光のはじまり ― 王子が困るまで ―
プロローグ 困ることを知った夜
返された合鍵は、封筒の中で小さく音を立てた。
都心の高層マンションの最上階。
夜景が一望できる部屋は、一人で暮らすには広すぎた。
ほんの少しの間だけ、彼女と生活を共にした。
その時間が、今、終わろうとしている。
ただ、それだけのことだった。
彼女は自分の部屋へ帰る。
住めなかった部屋が、住めるようになった。
だから、元の生活に戻る。
理久も同じだ。
仕事をして、この部屋へ帰ってくる。
食事をして、眠る。
また朝になれば、病院へ行く。
何も変わらない。
何も困らない。
そのはずだった。
玄関で、彼女がスーツケースの持ち手を握った。
いつものように、きちんと礼を言って。
いつものように、笑って。
そして、扉に手をかけた。
引き止める理由なんてない。
彼女には帰る場所がある。
自分にもある。
それなのに。
『誰かがいなくなって、本当に困ればいいのに』
かつての恋人が残した言葉が、不意に蘇った。
あの時は、意味が分からなかった。
彼女がいなくなっても、何も困らなかったから。
扉が開く。
理久は、彼女の背中を見つめた。
……待って。
自分の中に浮かんだその言葉に、戸惑った。
どうして。
どうして、今。
どうして、この人だけは――。
都心の高層マンションの最上階。
夜景が一望できる部屋は、一人で暮らすには広すぎた。
ほんの少しの間だけ、彼女と生活を共にした。
その時間が、今、終わろうとしている。
ただ、それだけのことだった。
彼女は自分の部屋へ帰る。
住めなかった部屋が、住めるようになった。
だから、元の生活に戻る。
理久も同じだ。
仕事をして、この部屋へ帰ってくる。
食事をして、眠る。
また朝になれば、病院へ行く。
何も変わらない。
何も困らない。
そのはずだった。
玄関で、彼女がスーツケースの持ち手を握った。
いつものように、きちんと礼を言って。
いつものように、笑って。
そして、扉に手をかけた。
引き止める理由なんてない。
彼女には帰る場所がある。
自分にもある。
それなのに。
『誰かがいなくなって、本当に困ればいいのに』
かつての恋人が残した言葉が、不意に蘇った。
あの時は、意味が分からなかった。
彼女がいなくなっても、何も困らなかったから。
扉が開く。
理久は、彼女の背中を見つめた。
……待って。
自分の中に浮かんだその言葉に、戸惑った。
どうして。
どうして、今。
どうして、この人だけは――。