光のはじまり ― 王子が困るまで ―
その後も、似たようなことはあった。

家族への説明。

後輩医師への指導。

正確なことを伝えたつもりでも、相手が質問できなくなれば、必要な情報が出てこない。

分からないことを抱えたまま、仕事が進んでしまう。

それは困る。


……言い方を変える必要があるのか。


理久は、少しずつ意識するようになった。

◇

ある日の夕方。

電子カルテの前で記録を書いていると、師長に声をかけられた。

「藤崎先生」

理久は顔を上げた。

「はい」

「先生は、答えを出すのが早いわね」

「早いのは悪いことですか」

「悪くはないわよ」

師長は少し笑った。

「でも、相手が追いつく前に、先生だけ先に行ってしまうことがあるわよね」

理久は黙った。


……相手が追いつく前に。


答えを早く出すことは、必要だ。

ただ、その答えを伝えたことで相手が黙ってしまえば、確認すべきことも聞けなくなる。

相手が理解し、次に動ける状態になって初めて、仕事が進む。


そういうことか。


理久は師長を見た。

「言い方も、仕事のうちということですか」

師長は満足そうに頷いた。

「90点」

「満点ではないんですね」

「まだまだこれからでしょう?」

理久は小さく息を吐いた。


また採点された。


しかも、なかなか満点にはならないらしい。

「王子、頑張れ」

誰かが小さく言った。

理久は無視しかけて、少し考えた。


……ここは、何か返すべきか。


振り返る。

「……頑張ります」

そう答えてみた。

ナースステーションの空気が、少しだけ緩んだ。

「王子、やるじゃん」

「どうも」

理久は軽く頭を下げ、病棟を離れた。



外病院は、知らない場所だった。

大学病院にいた頃の理久を、誰も知らない。

ここでは、ただの藤崎先生だ。

これまでのやり方が通じないなら、変えればいい。

正しいことを言うのを、やめるつもりはない。

ただ、その正しさを、相手が受け取れるようにする。

それも仕事なのだと。

理久は、ようやく気づき始めていた。
< 13 / 82 >

この作品をシェア

pagetop