光のはじまり ― 王子が困るまで ―
それから、看護師や後輩医師の方から声をかけてくることが増えた。


理久は、曖昧な報告をそのままにはしない。

間違っていることは、間違っていると言う。

ただ、相手が言葉を続けられるようにする。

それだけで、やり取りがずいぶん変わった。


ある夕方。

若い看護師が、記録を書いている理久に声をかけてきた。

「藤崎先生って、話しやすいですよね」

理久は顔を上げた。

「それならよかったです」

看護師が笑う。

理久も軽く微笑んだ。


……ただ。


話しかけやすいことと、報告が分かりやすいことは別だ。

「ただ、報告は簡潔にお願いします」

看護師の笑顔が、少し止まった。

その様子を見ていたベテラン看護師が、すかさず口を挟む。

「王子、そこは60点」


……またか。


理久は少し考えた。

伝えたい内容を変える必要はない。


ただ、言い方か。


「話しかけやすいのは助かります。ただ、緊急の時は要点からお願いします」

ベテラン看護師が満足そうに頷いた。

「85点」

「刻みますね」

「伸びしろよ」

理久は小さく息を吐いた。

どうやら、満点への道は遠いらしい。

それでも、若い看護師はもう一度笑い、次の仕事へ戻っていった。

必要な報告が早く届くなら、この手間にも意味はある。

そう考えることにした。

* * *

気づけば、患者や家族からも、感じのいい先生だと言われるようになっていた。

「藤崎先生は、若いのに落ち着いてますね」

「説明が分かりやすいです」

「王子、最近きらきらしてきた」


……最後のは何だろう。


以前なら、意味を聞き返していたかもしれない。

けれど、理久は少し考えてから、

「ありがとうございます」

そう返した。

意味を聞き返すより、その方が会話は早く終わる。

しかも、相手は嬉しそうだった。


笑顔。

穏やかな声。

相手が質問できる余白。


そうしたものが、診療に役立つことは分かった。

だから、理久は使うようになった。


最初は、仕事を円滑に進めるためだった。

相手が黙らないように。

必要な情報が、自分のところまで届くように。

ただ、そのために身につけたものが、少しずつ自分の振る舞いとして定着していく。


中身が別人になったわけではない。

正しいと思うことは変えない。

必要な確認も省かない。


ただ、相手に届く形に整える。

周囲が見ている藤崎理久は、以前より穏やかで、感じのいい医師になっていた。

それは嘘ではない。

けれど、全部でもなかった。



――王子。



その仮面は、この頃から少しずつ理久の顔に馴染み始めていた。
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