光のはじまり ― 王子が困るまで ―
理久は小さく息を吐いた。

「嵌めたな?」

「まさか当たるとは思わなかった」

「性格悪いね」

「お前に言われたくない」

桐谷が笑う。


……本当に、余計なところだけ鋭い。


飲み会の夜もそうだった。名前も教えていないのに、綾瀬美月を見つけ出し、タクシーに乗せてしまった。

あの時から、この男にはほとんど見抜かれている。

今さら驚くことでもなかった。

桐谷の声が、少し低くなった。

「まさか、手ぇ出してないよな?」

理久は足を止めた。

黙って、桐谷を見る。

「……」

桐谷はすぐに片手を上げた。

「悪い。冗談」

「冗談でも言うな」

自分でも、少し強い声が出たと思った。


綾瀬美月は、火事で住む場所を失いかけている。

困っている彼女に部屋を貸した。

それを、そんな話に変えられたくはなかった。

桐谷も、それ以上ふざけなかった。

「はいはい」

軽く返したあと、少し真面目な顔になった。

理久は先に言った。

「ちゃんと線は引いてるから安心して。ルームシェア」

桐谷の反応が、一瞬だけ遅れた。

「……」

「何」

「いや。お前は線を引いてる気になってても、相手は揺さぶられることだってあるだろ」

理久は、思わず少し笑った。

「あの子だよ。あると思う?」

桐谷が考え込んだ。


飲み会での、あの一件を思い出しているのだろうか。

女性に絡まれているこちらを見ても、助けてはくれなかった。

王子だと騒がれることもない。

必要以上に愛想を振りまくこともしない。

むしろ、こちらが何かするたびに、きっちり境界線を引いてくる。


桐谷は、やがて納得したように息を吐いた。

「……うん。ないな」

「だろ」

「相手の方から、かなりきっちり線を引いてきそうだ」

「まず、向こうから近づいてくるなんてあり得ない」

理久は軽く言った。


あの人は、自分から線を越えない。

必要なものは受け取る。

けれど、必要以上には頼らない。

礼は言う。

でも、甘えない。


昨日だって、帰宅した時の挨拶ひとつ、律儀なくらいだった。

理久は、その反応を思い出して少し笑った。


綾瀬美月が、自分から近づいてくる。

そんなことは、まずないだろう。
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