光のはじまり ― 王子が困るまで ―
医局へ戻ると、及川がいた。

「藤崎先生」

「あの」

「何」

「今日のCTなんですけど」

「見た」

及川の顔が引きつった。

「もう?」

「うん」

「この丸いところ、リンパ節……ですよね?」

「違う」

「え」

理久は椅子に座り、画面を開いた。

「ここでしょ」

「……はい」

「リンパ節じゃない」

「何で分かるんですか」

理久は画像を送った。


一枚。

二枚。

三枚。


「連続して見て」

及川が画面へ顔を寄せる。

理久は黙って待った。

「……あ」

「何」

「……血管」

「そう」

「うわ」

「うわ、じゃないよ」

「いや、これ分かんないですって」

「分かるようになるんだよ」

「いつ」

「見れば」

「どのくらい」

「分かるまで」

及川がゆっくり理久を見た。

「先生」

「何」

「今日、機嫌悪いですか」

理久は顔を上げた。

「普通だけど」

「何か、いつもより刺さります」

「いつもを知るほど一緒にいないよね」

及川が思わず指を差した。

けれど、すぐにその指を引っ込める。

「指差してすみません。でも、それですよ」

「何が」

「そういうところです」

理久は黙った。


……そういうところ。


相良先生にも言われた。

彼女にも言われた。

さっきは桐谷にも。


可愛くない。

困らない。

帰りたい場所。


どれも、自分ではうまく説明できないことばかりだった。

そして、及川にまで機嫌が悪いと言われている。


……そんなに顔に出てる?


少し可笑しくなった。

理久は笑った。

及川が固まる。

「……何ですか」

「可愛くないってこと?」

「何も言ってませんけど」

「最近、それよく言われるなと思って」

「誰にですか?」

「……別に」

及川が理久を見る。

ほんの数秒。


「女ですか」


理久は及川を見た。

及川が一歩下がった。

「すみません」

「別にいいけど」

「いいんですか」

「興味ある?」

「ちょっと」

「教えない」

「じゃあ聞かないでくださいよ」

理久はまた少し笑った。

今度は、さっきより自然に。


及川が理久を見ていた。

「先生」

「何」

「おこがましいかもしれませんけど、今の方がいいと思います」

「何が」

「さっきより」

理久は目を細めた。

「研修医に心配されるほど?」

「心配はしてませんけど……」

「じゃあ何」

及川は少し考えた。


「……何か、人間っぽい」


理久は少し目を細めた。

「帰っていいよ」

「ほら。そういうところ」

理久は呆れたように息を吐いた。

「失礼なやつだね」

「……す、すみません。つい本音が……」

謝りながらも、及川はどこか面白そうだった。

理久は画面へ視線を戻した。


……生意気な研修医。


けれど、悪い気はしなかった。

必要以上に遠慮せず、思ったことを口にする。

そのくせ、こちらが少し睨むと慌てて謝る。


妙なやつだ。



ーー及川。



今度は、名前を忘れることもなさそうだった。


* * *


帰りたい場所。

誰かがいなくなって困ること。

死ぬほど誰かに惚れること。


どれも、まだよく分からない。


ただ、仕事は面白い。

帰れば、静かな部屋がある。

桐谷は相変わらずうるさい。

それから、少し生意気な研修医が一人。


理久は、今日のCTをもう一度開いた。

血管の走行を確認し、明日の症例へ進む。


やることは、いくらでもあった。


今は、それで十分だった。

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