光のはじまり ― 王子が困るまで ―

第6話 進む理由

二月。


理久は大学病院の外科レジデントとして、肝胆膵班、上部班と回り、最後の下部班で研修していた。

そろそろ来年度に向けて、どの班に進むのか決めなければならない。

下部班は症例数も多い。
手術だけではなく、内視鏡で治療まで完結できる症例もあり、やりがいは十分にあった。

大腸内視鏡検査も、自分には合っていると思う。

もともと手先は器用な方だった。

スコープ操作にも早い段階で慣れ、患者の苦痛をできるだけ抑えながら検査できている実感もある。

周囲から一目置かれているのはわかっていた。

同時に、それとは違う種類の視線を向けられることもある。

それは、どの班を回っていても同じだった。

いちいち気にするほどのことでもない。

検査室へ行き、病棟へ戻り、また検査室へ行く。

そんな一日を終え、ようやく医局に戻ってきた。


「お、藤崎。お疲れ」

声をかけてきたのは相良先生だった。

「お疲れ様です」

「ん? なんだ、それ」

相良先生の視線が、理久の手元に向く。

大きめの紙袋だった。

「ああ、これですか。チョコですね」

軽く持ち上げて見せる。

「なんでそんな大量に持ってるんだ?」

「さあ。いろいろいただきました。よかったら食べますか?」

相良先生が、明らかに嫌そうな顔をした。

「お前がもらったチョコだろ。いらないって。相変わらずだな、藤崎」

「……すみません」

とりあえず謝る。


今日は二月十四日だったらしい。

世間でいう、バレンタインデー。


朝から人に会うたびにチョコを渡され、気づけば持ちきれない量になっていた。

見かねた事務員が、紙袋まで用意してくれた。

「藤崎は人気アイドルなのか?」

「医者ですけど」

相良先生が、呆れたようにため息をつく。

「知ってるよ。藤崎、お前もう少しコミュニケーション能力を上げた方がいいって」

どういう返事をすれば正解だったのだろう。

さっきの「なんでそんな大量に持っているんだ」という質問に対する苦言だとすれば――。

「さっきの、訂正します」

「さっきの?」

相良先生が、何を言い出すんだと言わんばかりの顔をする。

理久は作り笑顔を浮かべた。

「なぜ大量のチョコを持っているのかという質問ですが、検査室や病棟へ行くたびに、いろいろな方からいただきまして。有り難いことに、このような状態になりました」

「……いや、そんな綺麗な笑顔で言い直せって話をしたわけじゃないんだけど」

「最後の『よかったら食べますか』の部分は割愛しましたけどね」

「お前、本当に可愛くないな」

「……すみません」

どうやら何を言っても、評価は変わらないらしい。

馬鹿馬鹿しくなって、作り笑顔をやめた。


「藤崎、彼女とかいるの?」

「いません」

「……意外だな」

理久はソファに座り、紙袋から一箱取り出した。

包装を開けながら、相良先生を見る。

「意外ですか?」

「どう見てもモテてるだろ。そのチョコとかさ」

「義理チョコですよ?」

相良先生が、理久の開けた箱の蓋を持ち上げ、しげしげと見る。

「これ、有名なパティシエのやつだよな。今どきはこれも義理チョコなのか?」

「お一つどうぞ」

まだ手をつけていない箱を差し出す。

相良先生は少し警戒するように理久を見たあと、

「……じゃあ、一つだけ」

と言って、チョコを口に入れた。

「さすが。うまいな」

「脳が活性化しますね」

「……」

相良先生が黙った。

そして、ゆっくり理久を見る。

「さっきの訂正。お前に彼女がいないのも納得だよ」

「はは。相良先生も辛辣ですね」

周囲の医師の中で、ここまで遠慮なく自分に突っ込んでくる人は、相良先生くらいかもしれない。

それが、理久には少し心地よかった。

「俺が女なら、お前は選ばないな。チョコあげても、他のやつに食われるなんて御免だね」

「でも、食べたのは相良先生ですよ」

「勧めたのはお前だろ。目の前に高級菓子があって、食べていいって言われて我慢するか?」

「しないですね」

「だろ?」

二人で笑った。

相良先生がもう一つチョコを摘みかけて、手を止める。

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