訳あり夜伽係は、初恋を拗らせた氷の青薔薇皇帝を翻弄する
【第1章 夜伽とは……】
アレクは身体の隅々を丁寧に侍女に磨かれる。胸はお世辞にも豊満とは言えず、肌にはいたるところに傷跡を残し、女としては醜い肌だ。日に焼けた肌は健康的な小麦色で、顔は小顔で化粧をすればそれなりに美しくはなるだろうが、化粧は好まない。つい先刻まで、貧乳の胸に晒しを巻いて、男装の騎士正装を纏っていた。
「夜伽相手を探してる。いくらなら買える?」
彼女にそう聞いたのは、セルフォード帝国皇帝レイジェルだった。
アレクはとある目的の為に、レイジェルと直接交渉して身体を売った。しかも処女だ。この先で待っていることを考えると無意識に鼓動が高鳴ってしまう。これが取引であり、身体だけの関係を持とうというのに、その相手に魅了されてしまっていた。
浮かれている場合ではないというのに、どうしていいのか分からなくなってしまう。
気を引き締めようと、何度も顔に湯をかけていると声がかけられる。
「そろそろお上がりを。陛下をお待たせしてしまいます」
無駄に広い浴槽の湯船に浸かっていたアレクは、まだ心の準備ができていないながらも湯から上がった。
男らしく見えるように常に短髪にしている髪をふわふわのタオルで拭かれ、日々の鍛錬で負った傷跡だらけの肌を無言で拭われる。こんな身体で果たして、皇帝陛下ともあろう人を満足させられるとは到底思えない。肌を見られただけで、幻滅されるかもしれない。そもそも、男装のアレクをご所望になったのは皇帝陛下だ。端からそんな期待などされていないと考えるべきだろうか。
着せられたのは、フリルがたっぷりと縁取る可愛らしい淡紅色の寝衣だった。生地は薄手だが透けるようなものではない。少女らしい寝衣は、短髪のアレクには全く似合っていなかった。
アレクより少し年上と思われる茶髪に同色の瞳をした侍女は、それについても何も言わなかったが、一つだけ指示された。
「寝所では決して皇帝陛下のお言葉に、お返事をなさいませぬように」
「皇帝陛下からのご命令ですか?」
侍女が皇帝の居住区で務めていることを考えると、身分の高い貴族の令嬢と思われた。下級貴族の娘でしかないアレクの方が身分が低いだろう。おまけに契約の夜伽係に過ぎない。失礼にならないように、侍女とはいえ敬意を払う。
「左様にございます」
返事をしてはならないということは、独り言を言うのだろうか。
疑問に思っていると、侍女が丁寧に頭を垂れ、一つ部屋を隔てた扉の前までアレクを案内する。どうやら、部屋から出なくても寝所へ行けるらしい。扉が叩かれる。
「リアリフィーア様をお連れいたしました」
「……え?」
違う名を呼ばれてきょとんとしている間に、室内から入室許可が出て侍女は扉を開く。
(リアリフィーア? 誰のこと?)
戸惑っていると背中を押され、室内に入れられてすぐに背後では扉が閉ざされた。
暗い室内の大きな窓辺に細身で長身、寝衣姿の男がもたれて、窓外を眺めていた。
この国セルフォード皇帝レイジェルだ。
差し込む月明かりが彼の、癖のない長い青銀髪を照らして煌き、非常に整った美貌に深みのある青い双眸は、嬉し気に甘く微笑んでいた。諸国にも流れる噂では、冷徹で決して笑わない絶世の美貌であることから、『氷の青薔薇』とレイジェルは呼ばれる。だが、どうやらそうではないらしい。
その美しさにアレクはドキリとして釘付けにされる。
レイジェルが窓辺から離れて歩み寄ってくる。
眼前に立たれ、長い腕がふわりとゆるくアレクの身体を包むように優しく回される。
「よく来たね、リアラ」
囁くように、聞き惚れるほどの美声で甘く告げる。
(リアラ?……あ、あの? 誰?)
喉元まで出かかる疑問を何とか呑み込む。
そっと軽々と横抱きにされ、寝台へ連れていかれる。
「大丈夫だよ。怖い思いなんてさせないから。少し遊ぶだけだ」
侍女が寝所に入る前に、皇帝陛下の言葉に返事をするなと言っていた。だからこれは、彼の独り言だ。
さっきから皇帝陛下は何を言っているのだろう。
さっぱり分からない。
お姫様抱っこで運ばれたアレクは、そっと広い寝台の中央に横たえられる。
後から、皇帝陛下が上がってきて、アレクの方を向いて身を横たえ指先で頬にそっと触れてくる。彼からふわりと、爽やかな石鹸の匂いが漂ってきた。
「ずっと会えるのを待っていたよ。好きだよ、リアラ」
告げると乗り出してきて、アレクの頬に薄く柔らかな唇が数瞬重ねられ、鼓動はドギマギと脈打ち頬が紅潮する。だが、アレクを見ているはずの熱を帯びる眼差しは、アレクを通過してその奥を見ている気がする。その時点で、ああ、と気づく。リアラという女性の身代わりなのだと。
「夜伽相手を探してる。いくらなら買える?」
彼女にそう聞いたのは、セルフォード帝国皇帝レイジェルだった。
アレクはとある目的の為に、レイジェルと直接交渉して身体を売った。しかも処女だ。この先で待っていることを考えると無意識に鼓動が高鳴ってしまう。これが取引であり、身体だけの関係を持とうというのに、その相手に魅了されてしまっていた。
浮かれている場合ではないというのに、どうしていいのか分からなくなってしまう。
気を引き締めようと、何度も顔に湯をかけていると声がかけられる。
「そろそろお上がりを。陛下をお待たせしてしまいます」
無駄に広い浴槽の湯船に浸かっていたアレクは、まだ心の準備ができていないながらも湯から上がった。
男らしく見えるように常に短髪にしている髪をふわふわのタオルで拭かれ、日々の鍛錬で負った傷跡だらけの肌を無言で拭われる。こんな身体で果たして、皇帝陛下ともあろう人を満足させられるとは到底思えない。肌を見られただけで、幻滅されるかもしれない。そもそも、男装のアレクをご所望になったのは皇帝陛下だ。端からそんな期待などされていないと考えるべきだろうか。
着せられたのは、フリルがたっぷりと縁取る可愛らしい淡紅色の寝衣だった。生地は薄手だが透けるようなものではない。少女らしい寝衣は、短髪のアレクには全く似合っていなかった。
アレクより少し年上と思われる茶髪に同色の瞳をした侍女は、それについても何も言わなかったが、一つだけ指示された。
「寝所では決して皇帝陛下のお言葉に、お返事をなさいませぬように」
「皇帝陛下からのご命令ですか?」
侍女が皇帝の居住区で務めていることを考えると、身分の高い貴族の令嬢と思われた。下級貴族の娘でしかないアレクの方が身分が低いだろう。おまけに契約の夜伽係に過ぎない。失礼にならないように、侍女とはいえ敬意を払う。
「左様にございます」
返事をしてはならないということは、独り言を言うのだろうか。
疑問に思っていると、侍女が丁寧に頭を垂れ、一つ部屋を隔てた扉の前までアレクを案内する。どうやら、部屋から出なくても寝所へ行けるらしい。扉が叩かれる。
「リアリフィーア様をお連れいたしました」
「……え?」
違う名を呼ばれてきょとんとしている間に、室内から入室許可が出て侍女は扉を開く。
(リアリフィーア? 誰のこと?)
戸惑っていると背中を押され、室内に入れられてすぐに背後では扉が閉ざされた。
暗い室内の大きな窓辺に細身で長身、寝衣姿の男がもたれて、窓外を眺めていた。
この国セルフォード皇帝レイジェルだ。
差し込む月明かりが彼の、癖のない長い青銀髪を照らして煌き、非常に整った美貌に深みのある青い双眸は、嬉し気に甘く微笑んでいた。諸国にも流れる噂では、冷徹で決して笑わない絶世の美貌であることから、『氷の青薔薇』とレイジェルは呼ばれる。だが、どうやらそうではないらしい。
その美しさにアレクはドキリとして釘付けにされる。
レイジェルが窓辺から離れて歩み寄ってくる。
眼前に立たれ、長い腕がふわりとゆるくアレクの身体を包むように優しく回される。
「よく来たね、リアラ」
囁くように、聞き惚れるほどの美声で甘く告げる。
(リアラ?……あ、あの? 誰?)
喉元まで出かかる疑問を何とか呑み込む。
そっと軽々と横抱きにされ、寝台へ連れていかれる。
「大丈夫だよ。怖い思いなんてさせないから。少し遊ぶだけだ」
侍女が寝所に入る前に、皇帝陛下の言葉に返事をするなと言っていた。だからこれは、彼の独り言だ。
さっきから皇帝陛下は何を言っているのだろう。
さっぱり分からない。
お姫様抱っこで運ばれたアレクは、そっと広い寝台の中央に横たえられる。
後から、皇帝陛下が上がってきて、アレクの方を向いて身を横たえ指先で頬にそっと触れてくる。彼からふわりと、爽やかな石鹸の匂いが漂ってきた。
「ずっと会えるのを待っていたよ。好きだよ、リアラ」
告げると乗り出してきて、アレクの頬に薄く柔らかな唇が数瞬重ねられ、鼓動はドギマギと脈打ち頬が紅潮する。だが、アレクを見ているはずの熱を帯びる眼差しは、アレクを通過してその奥を見ている気がする。その時点で、ああ、と気づく。リアラという女性の身代わりなのだと。