魔法より、君に恋をする。
第一章 春のアルカディア
春の王都は、一年で最も華やぐ季節だ。
大通りに並ぶ街路樹には淡い花が咲き、冬の冷たさをわずかに残した風が吹くたび、小さな花びらが石畳の上を舞っていく。
その王都を見下ろす丘の上に、王立高等魔法学院《アルカディア》はあった。
十五歳から十八歳までの生徒が通う、三年制の魔法学院。
王国最高峰と称されるだけあって、白亜の校舎は王宮と見紛うほど巨大だった。いくつもの尖塔が青空へ伸び、中央には大時計塔、その奥には魔法実習用の訓練場や王国最大級の蔵書を誇る図書館まで存在する。
その正門を、今年も真新しい制服を着た新入生たちが次々とくぐっていた。
「ねえ、あれ……」
一人の少女が、小声で隣の友人へ囁いた。
「もしかして、リリア・アステルじゃない?」
「え?」
「あの、今年の首席」
視線の先。
春の陽射しの中を、一人の少女が歩いていた。
腰近くまで流れる銀色の髪。
透き通るような白い肌と、紫水晶をそのまま嵌め込んだような瞳。
小柄で華奢な身体を包んでいるのは、新入生であることを示す白銀の装飾が入った制服だ。
人形めいた、という表現が似合う。
ただ可愛らしいだけではない。
十五歳という年齢には似つかわしくないほど完成された顔立ちには、どこか人を近寄りがたくさせる透明感があった。
「本当に綺麗……」
「魔法理論、満点だったんでしょう?」
「実技も歴代最高評価だって」
「声かけてみたいけど……無理」
「分かる」
そんな会話が背後で交わされていることを。
当の本人は知らない。
なぜなら現在。
リリア・アステルは。
「……ここ、どこ?」
自分の居場所すら分かっていなかった。
手元には学院の地図がある。
正門。
中央塔。
第一講堂。
図書館。
訓練場。
必要な情報はすべて書かれている。
ただし。
「現在地が分からないのに地図だけあっても、どうしようもなくない……?」
地図を上下逆さまにする。
分からない。
元へ戻す。
やっぱり分からない。
「……不親切」
もちろん地図は悪くない。
しかし、それを認めると自分の方向感覚に問題があることになるので、今は地図のせいにしておく。
遠くで鐘が鳴った。
リリアは顔を上げる。
入学式まで、あと数分。
「まずい」
とにかく進まなければ。
そう考え、目の前の道を走り出した。
数分後。
「…………」
同じ噴水の前へ戻ってきた。
リリアは無言で噴水を見る。
風に乗った花びらが一枚、水面へ落ちた。
「なんで?」
「同じところを一周したからじゃない?」
突然、隣から声がした。
「!」
振り返る。
そこに立っていたのは――女の子だった。
リリアより頭一つ近く背が高い。
短く整えられた濃い藍色の髪に、灰青色の切れ長の瞳。制服はスカートではなくパンツスタイルで、胸元にはリリアと同じ白銀の徽章が輝いている。
凛々しい。
綺麗というより、格好いい。
そんな言葉が真っ先に浮かんだ。
「さっきから三回くらいここ通ってたよ」
「……見てたの?」
「嫌でも目に入る」
少女が少し笑った。
「第一講堂?」
「どうして分かったの」
「その地図持って途方に暮れてる新入生なら、だいたいそうだろ」
「あなたも新入生じゃない?」
白銀の徽章を指す。
「そうだけど、私は迷ってない」
「……」
ちょっと腹が立つ。
少女が笑った。
「案内するよ。私も行くところだから」
「助かる」
「素直だな」
「遅刻するよりいいから」
二人で歩き出す。
「セシル・アルヴェイン」
「リリア・アステル」
「知ってる」
リリアが横を見る。
「なんで?」
「なんでって……」
セシルは少し呆れた顔をした。
「今年の首席だろ。入学前から有名だよ」
「そうなの?」
「……本気で言ってる?」
「うん」
セシルは数秒リリアを見つめた。
それから。
「ふっ」
「何」
「いや」
笑いを堪えるように口元を押さえる。
「もっと近寄りがたい奴だと思ってた」
「失礼」
「悪い悪い」
言いながらも楽しそうだ。
少し歩いたところで。
「セシル様!」
突然、女子生徒の声が飛んできた。
二人で振り返る。
数人の新入生女子が、少し離れた場所からこちらを見ていた。
「入学、おめでとうございます!」
「剣術大会、見ました!」
「今日も素敵です!」
セシルが片手を上げる。
「ありがとう」
きゃあ、と声が上がった。
リリアは隣を見る。
「人気者?」
「……やめてくれ」
「嬉しくないの?」
「嫌じゃない。ただ」
セシルは小さくため息をついた。
「王子様って呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしい」
「王子様」
「お前まで言うな」
リリアは改めてセシルを見る。
長身。
端正な顔。
女子に手を振る姿まで様になっている。
「似合ってるけど」
「……」
セシルが黙った。
「何?」
「いや」
顔を逸らす。
「お前、そういうの普通に言うんだな」
「似合ってるから」
「……そうかよ」
耳が少し赤い。
変な子。
リリアはそう思った。
第一印象については。
たぶん、お互い様だった。
大通りに並ぶ街路樹には淡い花が咲き、冬の冷たさをわずかに残した風が吹くたび、小さな花びらが石畳の上を舞っていく。
その王都を見下ろす丘の上に、王立高等魔法学院《アルカディア》はあった。
十五歳から十八歳までの生徒が通う、三年制の魔法学院。
王国最高峰と称されるだけあって、白亜の校舎は王宮と見紛うほど巨大だった。いくつもの尖塔が青空へ伸び、中央には大時計塔、その奥には魔法実習用の訓練場や王国最大級の蔵書を誇る図書館まで存在する。
その正門を、今年も真新しい制服を着た新入生たちが次々とくぐっていた。
「ねえ、あれ……」
一人の少女が、小声で隣の友人へ囁いた。
「もしかして、リリア・アステルじゃない?」
「え?」
「あの、今年の首席」
視線の先。
春の陽射しの中を、一人の少女が歩いていた。
腰近くまで流れる銀色の髪。
透き通るような白い肌と、紫水晶をそのまま嵌め込んだような瞳。
小柄で華奢な身体を包んでいるのは、新入生であることを示す白銀の装飾が入った制服だ。
人形めいた、という表現が似合う。
ただ可愛らしいだけではない。
十五歳という年齢には似つかわしくないほど完成された顔立ちには、どこか人を近寄りがたくさせる透明感があった。
「本当に綺麗……」
「魔法理論、満点だったんでしょう?」
「実技も歴代最高評価だって」
「声かけてみたいけど……無理」
「分かる」
そんな会話が背後で交わされていることを。
当の本人は知らない。
なぜなら現在。
リリア・アステルは。
「……ここ、どこ?」
自分の居場所すら分かっていなかった。
手元には学院の地図がある。
正門。
中央塔。
第一講堂。
図書館。
訓練場。
必要な情報はすべて書かれている。
ただし。
「現在地が分からないのに地図だけあっても、どうしようもなくない……?」
地図を上下逆さまにする。
分からない。
元へ戻す。
やっぱり分からない。
「……不親切」
もちろん地図は悪くない。
しかし、それを認めると自分の方向感覚に問題があることになるので、今は地図のせいにしておく。
遠くで鐘が鳴った。
リリアは顔を上げる。
入学式まで、あと数分。
「まずい」
とにかく進まなければ。
そう考え、目の前の道を走り出した。
数分後。
「…………」
同じ噴水の前へ戻ってきた。
リリアは無言で噴水を見る。
風に乗った花びらが一枚、水面へ落ちた。
「なんで?」
「同じところを一周したからじゃない?」
突然、隣から声がした。
「!」
振り返る。
そこに立っていたのは――女の子だった。
リリアより頭一つ近く背が高い。
短く整えられた濃い藍色の髪に、灰青色の切れ長の瞳。制服はスカートではなくパンツスタイルで、胸元にはリリアと同じ白銀の徽章が輝いている。
凛々しい。
綺麗というより、格好いい。
そんな言葉が真っ先に浮かんだ。
「さっきから三回くらいここ通ってたよ」
「……見てたの?」
「嫌でも目に入る」
少女が少し笑った。
「第一講堂?」
「どうして分かったの」
「その地図持って途方に暮れてる新入生なら、だいたいそうだろ」
「あなたも新入生じゃない?」
白銀の徽章を指す。
「そうだけど、私は迷ってない」
「……」
ちょっと腹が立つ。
少女が笑った。
「案内するよ。私も行くところだから」
「助かる」
「素直だな」
「遅刻するよりいいから」
二人で歩き出す。
「セシル・アルヴェイン」
「リリア・アステル」
「知ってる」
リリアが横を見る。
「なんで?」
「なんでって……」
セシルは少し呆れた顔をした。
「今年の首席だろ。入学前から有名だよ」
「そうなの?」
「……本気で言ってる?」
「うん」
セシルは数秒リリアを見つめた。
それから。
「ふっ」
「何」
「いや」
笑いを堪えるように口元を押さえる。
「もっと近寄りがたい奴だと思ってた」
「失礼」
「悪い悪い」
言いながらも楽しそうだ。
少し歩いたところで。
「セシル様!」
突然、女子生徒の声が飛んできた。
二人で振り返る。
数人の新入生女子が、少し離れた場所からこちらを見ていた。
「入学、おめでとうございます!」
「剣術大会、見ました!」
「今日も素敵です!」
セシルが片手を上げる。
「ありがとう」
きゃあ、と声が上がった。
リリアは隣を見る。
「人気者?」
「……やめてくれ」
「嬉しくないの?」
「嫌じゃない。ただ」
セシルは小さくため息をついた。
「王子様って呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしい」
「王子様」
「お前まで言うな」
リリアは改めてセシルを見る。
長身。
端正な顔。
女子に手を振る姿まで様になっている。
「似合ってるけど」
「……」
セシルが黙った。
「何?」
「いや」
顔を逸らす。
「お前、そういうの普通に言うんだな」
「似合ってるから」
「……そうかよ」
耳が少し赤い。
変な子。
リリアはそう思った。
第一印象については。
たぶん、お互い様だった。