魔法より、君に恋をする。

第二十二章 知らない人、覚えている人

翌朝、リリアが食堂へ着いた時、いつもの席にノアはいなかった。

「珍しい」

 向かいに座ったセシルが、リリアの視線を追う。

「ノア?」

「うん。いつも先にいるのに」

「寝坊じゃない?」

「ノアが?」

「……なさそうだね」

 少なくともリリアが知る限り、ノアは朝に強い。本人曰く「可愛い女の子との朝食を逃すなんて人生の損失」らしいので、特にリリアたちと食べるようになってから遅刻したことはなかった。

「連絡もない」

「心配?」

「ちょっと」

「あとで教室に来なかったら見に行こうか」

「うん」

 そう答えながらパンをちぎったところで、食堂の入口が少し騒がしくなった。

 入ってきたのはレオンハルトだった。

 二年生の制服を着た第二王子が朝の食堂に現れれば、目立たないはずがない。周囲から挨拶を受けながら、それぞれに穏やかな笑顔を返している。

 けれど、リリアを見つけた瞬間だけ、その笑顔が少し変わった。

「おはよう、リリア」

「おはようございます、レオン先輩」

「アルヴェインも、おはよう」

「おはようございます」

 レオンハルトは二人のテーブルを見てから、空いている椅子を指した。

「ここ、いいかな?」

「どうぞ」

「ありがとう」

 自然な動作で座ったため、周囲の視線がさらに増えた。

 リリアはパンを食べながら、その様子を眺める。

「王子様って大変ですね」

「朝から容赦がないね」

「みんな見てる」

「慣れてるよ」

「私だったら嫌かも」

「そう?」

「ご飯くらい静かに食べたい」

 レオンハルトは少し笑った。

「僕もそう思うよ」

 その言い方が、いつもの王子らしいものではなかった。

 だからリリアは何となく嬉しくなった。

「じゃあここでは普通に食べてください」

「普通に?」

「王子様やめて」

「朝食の間だけ廃位されるのかな」

「そうです」

「ずいぶん強引だな」

「嫌?」

「まさか」

 レオンハルトは肩の力を抜くように笑った。

「むしろ助かるよ」

 セシルが二人を見比べる。

「本当に距離縮まりましたね」

「そう?」

「最初は『レオンハルト殿下』だったでしょ」

「長いから」

「理由それ?」

「今はレオン先輩」

「そこまで来たんだね」

「次はレオンかな」

 リリアが何気なく言う。

 レオンハルトの手が止まった。

「……リリア」

「はい?」

「それは」

 少しだけ困ったように笑う。

「楽しみにしておくよ」

「まだ呼ばないですよ?」

「分かってる」

「顔が嬉しそう」

「君は本当にそういうところだけよく見るね」

「そういうところ?」

「何でもない」

 最近、みんな何でもないことが多い。

 リリアがそう思っていると、レオンハルトがふと周囲を見回した。

「ところで、フェルディナンドは?」

「それ私も気になってた」

「いないの?」

「うん」

 レオンハルトの表情がわずかに変わった。

「クロフォード先輩とヴァーミリオン先輩も、今朝は見てないです」

 セシルが付け加える。

「……そう」

「知ってます?」

「いや」

 レオンハルトはそう答えたが、何かを考えているようだった。

 リリアはその顔を見たものの、今度は尋ねなかった。

 最近少しだけ分かってきた。

 聞けば話してくれることと、まだ聞いても話してくれないことがある。

 そして、後者を無理に聞き出しても、あまり意味はない。

 だからパンの残りを口へ入れた。

「あとでノアに聞く」

「それがいいね」

 レオンハルトは微笑んだ。

 けれど、その青い瞳には、わずかな影が残っていた。
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