魔法より、君に恋をする。
「いた」

 昼休み。

 リリアは食堂へ入ってきたノアを見つけるなり立ち上がった。

「おはよう」

「もう昼」

「じゃあこんにちは」

「朝どこ行ってたの?」

「いきなり本題だね」

「心配した」

 ノアが止まった。

「……え?」

「寝坊かなって」

「僕が?」

「セシルも同じこと言った」

「それで?」

「来なかったら寮まで見に行こうと思ってた」

「……」

「ノア?」

「ちょっと待って」

「何を?」

「今、すごく嬉しいから」

「元気ならいいけど」

「もう少し心配してくれてもいいよ?」

「元気なの確認したから終わり」

「切り替え早いなあ」

 そう言いながら、ノアは嬉しそうだった。

 席へ戻ると、セシルのほかにレオンハルトまでいる。

「……豪華だね」

「レオン先輩も食べるって」

「へえ」

 ノアは笑って空いている席へ座った。

「おはようございます、レオン先輩」

「もう昼だよ」

「同じこと言われた」

「朝はいなかったみたいだね」

 穏やかな声だった。

 ノアが一瞬だけレオンハルトを見る。

「ちょっと用事があって」

「そう」

「何の用事?」

 リリアがすぐ聞いた。

「秘密」

「また?」

「でも、リリアに関係する秘密じゃないよ」

 ノアはそこで一度言葉を切った。

「正確には、君に隠しておくための話じゃない」

「違いが分からない」

「そのうち分かる」

「嫌い、その言い方」

「ごめんごめん」

「私も聞いていい?」

 セシルが口を挟む。

「どうぞ」

「アレン先輩とクロフォード先輩も、朝いなかったらしいけど」

 ノアの笑顔が固まった。

「……よく知ってるね」

「剣術科の先輩が話してたから」

「なるほど」

「ルシアン先輩も、朝の監督生会議に少し遅れてきたって聞いた」

「情報収集能力高くない?」

「偶然だよ」

「で」

 リリアがノアを見る。

「四人で何してたの?」

「……」

「四人?」

 レオンハルトが静かに繰り返した。

 ノアは天井を見た。

「これ、僕が悪い?」

「たぶん」

 セシルが答える。

「秘密にするから」

「別に悪いことしてないんだけどなあ」

「なら言える」

「正論が強い」

 ノアはしばらく迷ったあと、諦めたように息を吐いた。

「昨日のことについて話してた」

「黒い羽?」

「それも」

「私抜きで?」

「怒った?」

「ちょっと」

「ごめん」

 ノアは今度は誤魔化さなかった。

「でも、昨日の異常について何かを決めたわけじゃない。僕ら自身の話をしてたんだ」

「自分たち?」

「うん」

「何の?」

 そこでノアは困った。

 過去の記憶を持つ四人。

 それをリリアにはまだ言えない。

「それはまだ――」

「ノア」

 低い声がした。

 レオンハルトだった。

「僕も聞いていいかな」

 笑っている。

 けれど、朝とは少し違う。

「どうして僕はいなかったんだ?」

 ノアは黙った。

 リリアもセシルも、二人を見る。

「レオン先輩」

「責めているわけじゃないよ」

 レオンハルトは穏やかに続けた。

「ただ、最近ずっと感じていたんだ。君たちは時々、僕の知らないものを共有している」

 ノアの表情から、笑みが消える。

「クロフォード先輩も、ヴァーミリオン先輩も。会長も。そして君も」

「……」

「リリアに関することで」

 リリアの手が止まった。

「私?」

「うん」

 レオンハルトはリリアを見る。

「君が悪いわけじゃない」

「じゃあ何?」

「それを僕も知りたいんだ」

 青い瞳が、今度はノアへ向く。

「僕だけ、何かを忘れているのかな」

 誰も答えなかった。

 食堂のざわめきだけが、やけに遠く聞こえた。

 レオンハルトはその沈黙を見て、少しだけ笑った。

「なるほど」

「レオン先輩」

「今ので十分だよ」

「十分じゃない」

 口を挟んだのはリリアだった。

 全員が彼女を見る。

「私も知らない」

「リリア?」

「セシルも知らないよね」

「うん」

「だったらレオン先輩だけじゃない」

 リリアは当たり前のように言った。

「三人いる」

 レオンハルトが目を瞬いた。

「……そこ?」

「そこ」

「慰めてくれてるのかな」

「違います。事実」

 セシルが吹き出した。

「リリアらしいね」

「でも、私も知りたい」

 リリアはノアを見る。

「昨日ルシアン先輩が、分かったことは全員に共有するって言った」

「うん」

「なら、私たち三人だけ知らないままなのは嫌」

 ノアは困ったように目を細めた。

「そうだね」

「話せない理由があるなら、それは言って」

「理由?」

「『まだ言えない』だけだと嫌。でも、『こういう理由で今は話せない』なら少し待てる」

 セシルが頷いた。

「私もそれがいいかな」

 レオンハルトは少し驚いたように二人を見たあと、静かに笑った。

「僕も同意するよ」

「三対一」

「多数決持ち出すの?」

「昨日覚えた」

「変なところで成長するね」

 ノアはしばらく黙っていた。

 やがて、観念したように肩を落とす。

「分かった」

 そして三人を順番に見る。

「僕たち四人には、共通して確認したいことがある。でも、それを話すには僕一人の判断じゃ駄目なんだ」

「なんで?」

「僕だけの秘密じゃないから」

 リリアは少し考えた。

「……それなら分かった」

「いいの?」

「他の人の秘密を勝手に話すのは駄目」

「そうだね」

「でも」

 リリアはパンを一口食べてから続ける。

「待つから、ちゃんと話して」

 ノアの目がわずかに揺れた。

「……うん」

「約束」

「約束は――」

 言いかけて、止まる。

 アレンの顔でも浮かんだのだろうか。

 ノアは少しだけ笑った。

「分かった。約束する」
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