魔法より、君に恋をする。

ルシアンルート 第53章 好きになるのは、二度目じゃない

 翌朝。

 リリアは目を覚まして、最初に左手首を見た。

 紫と白の石。

 ある。

「……よし」

 何が「よし」なのか自分でも分からない。

 ただ、それがそこにあるだけで少し安心した。

 昨日のことも覚えている。

 菓子店。

 川沿い。

 繋いだ手。

 そして。

 キス。

「……」

 布団を頭まで被った。

「いや待って」

 昨日の自分。

 何をしている。

『終わり?』

「何で言った?」

『短い』

「何で!?」

 思い出すだけで恥ずかしい。

 しかもルシアンは全部覚えている。

 いや。

 今度こそ忘れたくないとまで言っていた。

「最悪……」

 全然最悪ではない。

 むしろ。

 嬉しい。

 だから余計に困る。

 リリアは布団の中でしばらく転がってから、ようやく起きた。

     *

「おはよう」

「……おはようございます」

 学院へ着いて最初に会ったのがルシアンだった。

 最悪のタイミング。

 いや、会いたかった。

 でも今ではない。

 昨日のキスを思い出した直後ではない。

「どうしたの?」

「何も」

「顔赤いけど」

「暑い」

「今日はかなり涼しいよ」

「走ったから」

「さっき門の前を普通に歩いていたけど」

「見てたんですか?」

「たまたま」

「……」

「リリア?」

「先輩」

「何?」

「昨日のこと、一回忘れてくれません?」

 ルシアンが少し考える。

「どこから?」

「どこからって」

「菓子店?」

「もっと後」

「川?」

「もっと後」

「キス?」

「言わないで!」

 ルシアンが笑った。

「そこ?」

「そこじゃない!」

「じゃあどこ?」

「その後!」

 ルシアンは少し考えて。

 思い出したらしい。

「ああ」

「その顔やめて」

「『短い』?」

「忘れて!」

 思ったより大きな声が出た。

 近くを歩いていた生徒が振り返る。

 リリアは慌てて声を落とした。

「……本当に」

「嫌だ」

「即答!?」

「今度は忘れたくないって言っただろう?」

「そこまで覚えなくていい!」

「僕にはかなり嬉しかったんだけど」

「何が?」

「君がもう一度、僕に触れたいと思ってくれたこと」

 リリアは言葉に詰まった。

 そういう言い方は。

 ずるい。

「……先輩」

「何?」

「朝からそれ禁止」

「何が?」

「そういうの」

「どういうの?」

「分かってるくせに」

 ルシアンは楽しそうに笑っている。

 この人。

 昨日まであんなに慎重だったのに。

「何か今日、余裕あるね」

「そう?」

「ある」

「多分」

 少しだけリリアへ近づく。

「昨日、安心したから」

「……何に?」

「君が僕との新しい記憶を作りたいと言ってくれた」

 また。

 心臓が変な音を立てる。

「だから少しくらい」

 紫色の瞳が細くなる。

「期待してもいいのかなと思って」

 リリアは目を逸らした。

「……少しくらいなら」

「本当に?」

「少しね」

「どのくらい?」

「知らない」

「測れない?」

 リリアは思わず彼を見る。

 ルシアンも。

 言ってから気づいたようだった。

 二人の間に。

 一瞬。

 静かなものが落ちる。

 昔なら。

 同期率があった。

 数字があった。

 世界が二人の関係を勝手に測った。

 でも今は。

「うん」

 リリアは笑った。

「測れない」

 ルシアンも笑う。

「それがいいね」

「うん」

 廊下を並んで歩く。

 少しして。

 リリアの手の甲に何かが触れた。

 ルシアンの指。

 偶然かと思った。

 また触れる。

「……先輩」

「何?」

「手」

「うん」

「繋ぎたいの?」

「……」

「何で黙るの」

「君が嫌ならやめようと思って」

 リリアは少し笑った。

 そして。

 自分から小指を絡める。

「全部繋ぐと目立つから」

「ああ」

「これなら」

「うん」

 小指だけ。

 それで歩く。

 たったそれだけなのに。

 昨日のキスより。

 なぜか恥ずかしい。

「先輩」

「何?」

「これ、結構恥ずかしいね」

「僕も今思ってた」

「やめる?」

「嫌だ」

「私も」

 そのまま。

 生徒会室まで歩いた。

     *

 昼休み。

 ノアが二人を交互に見ていた。

「何?」

 リリアが聞く。

「いや」

「言いたいことあるなら言って」

「お前らさ」

 ノアがルシアンを見る。

 次にリリアを見る。

「付き合ってんの?」

 リリアは固まった。

 ルシアンも黙る。

「……え?」

「いや、何その反応」

「待って」

 リリアはルシアンを見る。

「私たち今付き合ってる?」

「僕に聞く?」

「だって」

「僕は君に決めてもらうつもりだったから」

「何を?」

「今の関係を」

 ノアが眉を寄せる。

「何の話?」

「ちょっと黙ってて」

「俺が聞いたんだけど」

「大事なところだから!」

「はいはい」

 リリアはルシアンを見る。

「前は付き合ってた」

「ああ」

「私が忘れた」

「うん」

「昨日キスした」

「おい」

「ノア黙って!」

「はい」

「で」

 リリアは少し困った。

「今は?」

「僕は」

 ルシアンが静かに言う。

「恋人に戻れたら嬉しい」

「……うん」

「でも、以前そうだったからという理由だけで戻るのは違うと思ってる」

「うん」

「だから君が決めて」

 また。

 それ。

 今のルシアンは。

 何でもリリアに決めさせる。

 昔の彼を知っているからこそ。

 その変化が分かる。

 怖いくせに。

 自分を選んでほしいくせに。

 それでも。

 待っている。

「……じゃあ」

 リリアは少し考えた。

「今は付き合ってない」

 ルシアンの目が。

 ほんの少しだけ揺れた。

「分かった」

 笑った。

 普通に。

 でも。

 リリアには分かった。

 傷ついた。

「ただし」

 ルシアンが顔を上げる。

「私、先輩のこと気になってる」

「……」

「かなり」

 ノアが隣で「あー」と何か言いかけたが、リリアは無視した。

「だから」

 少し恥ずかしい。

「もう一回、口説いて」

 ルシアンが目を瞬く。

「……僕が?」

「うん」

「君を?」

「他に誰がいるの」

「いや」

 珍しく。

 本当に困っている。

「そういう経験があまり」

「十二回も恋してるのに?」

「全部思い通りになっていたと思う?」

「あ」

「半分以上振られてるよ」

「そうだった」

 ノアが完全に置いていかれている。

「何の話?」

「長い話」

「十二回振られてんの?」

「半分以上とは言ったけど十二回とは言ってない」

「そこ訂正するんだ」

 リリアは笑った。

「じゃあ頑張って、先輩」

「……分かった」

 ルシアンが眼鏡を直す。

「努力する」

「楽しみにしてる」

「ちなみに」

「何?」

「期限は?」

「期限?」

「いつまでに君を好きにさせればいい?」

「そういうゲームじゃないから!」

「目標があった方が」

「生徒会の仕事みたいにしないで!」

 ノアが吹き出した。

「ルシアン、恋愛向いてねえな」

「君に言われたくない」

「俺は少なくとも期限聞かねえよ」

「では君ならどうする?」

「俺を巻き込むな」

 普通の会話。

 普通の昼休み。

 世界の命運なんて。

 誰も背負っていない。

 リリアは。

 その時間が。

 すごく好きだった。

     *

 その日の放課後。

「リリア」

「ん?」

「少し時間ある?」

「あるよ」

「では」

 ルシアンが小さな紙袋を差し出した。

「これ」

「何?」

「口説く第一回」

「言い方!」

 笑いながら受け取る。

 中を見る。

「……クッキー?」

「ああ」

「買ったの?」

「作った」

「え?」

 リリアはルシアンを見る。

「先輩が?」

「そんなに驚く?」

「料理できるの?」

「一応」

 その瞬間。

 記憶。

 黒い何か。

『食べられる?』

『食べられるよ』

『炭だよ』

「……ふっ」

「何?」

「いや」

 笑いが止まらない。

「先輩」

「何?」

「昔、料理焦がしたことある?」

 ルシアンが固まる。

「……どうして知ってる?」

「思い出した」

「よりによってそこ?」

「炭みたいだった」

「第零循環の話だね」

「覚えてるの?」

「少しずつ」

「僕も」

「じゃあ今は上手?」

「何千年経ったと思ってる?」

「クッキー一枚に何千年の修行積んでるの」

「言い方がおかしい」

 袋から一枚取る。

 食べる。

「……美味しい」

「本当?」

「うん」

「よかった」

 ルシアンが。

 本当に安心した顔をする。

「先輩」

「何?」

「これで口説いてるつもり?」

「……駄目?」

「いや」

 リリアはもう一枚食べる。

「結構いい」

「本当に?」

「うん」

「ならよかった」

「でも」

「何?」

「私甘いもの好きだから、物で釣られやすいよ」

「では毎日作ろうか」

「太らせる気?」

「困ったな」

「そこは調整して」

「難しい」

「頑張って」

 ルシアンが笑う。

 リリアも笑った。

 そのまま帰ろうとして。

 ふと。

 袖を掴んだ。

「先輩」

「何?」

「今日」

 少し迷う。

「一緒に帰らない?」

「もちろん」

 学院を出る。

 夕方の道。

 並んで歩く。

 今日は。

 最初から手を繋いでいない。

 少し。

 気になる。

 ルシアンも。

 何度かこちらの手を見ている。

 でも触れてこない。

 昨日リリアが「付き合ってない」と言ったからだろう。

「……真面目」

「何が?」

「何でもない」

 しばらく歩く。

 夕日が長い影を作る。

「先輩」

「何?」

「口説く第二回は?」

「もう?」

「クッキーだけ?」

「今日一日で何回必要なの?」

「知らない」

「では」

 ルシアンが考える。

「明日も一緒に帰らない?」

「それ口説いてる?」

「僕なりに」

「弱い」

「難しいな」

「もっとキュンとするやつ」

「急に要求が上がったね」

「頑張って」

「そう言われても」

 ルシアンが困ったように笑う。

 そして。

 少し歩いてから。

「……君といると」

「うん」

「明日の予定を考えるようになった」

 リリアの足が。

 少しだけ遅くなる。

「前は?」

「考えなかった」

「何で?」

「どうせまた世界が終わると思っていたから」

 静かな声。

「一年後も、十年後も。考える意味がないと思っていた」

「……うん」

「でも今は」

 ルシアンが前を見る。

「明日は君と帰りたいと思うし」

 一歩。

「週末はどこかへ行けたらと思う」

 また一歩。

「来年も」

 紫色の目が。

 リリアを見る。

「君の隣にいたいと思ってる」

 胸が。

 跳ねた。

「……」

「どう?」

「何が?」

「第二回」

「……ずるい」

「駄目?」

「急に強いの出してきた」

「君がキュンとするものと言ったから」

「加減して」

「難しいな」

 リリアは顔を逸らした。

 熱い。

 これは。

 かなり。

 効いた。

「……八十点」

「採点されるの?」

「されます」

「百点は?」

「まだ」

「厳しい」

「頑張って」

「分かった」

 少しして。

 ルシアンの手が。

 またリリアの手の近くへ来た。

 触れない。

 待っている。

 リリアは。

 その手を見た。

 そして。

 自分から握った。

「これは?」

 ルシアンが聞く。

「何?」

「付き合っていないけど、いいの?」

「手くらい」

「昨日キスもしたけど」

「それは」

「うん」

「……特別」

「何が?」

「先輩だから」

 ルシアンが止まった。

 リリアも止まる。

「今の」

「何?」

「もう一度言って」

「嫌」

「どうして?」

「恥ずかしい」

「僕にはかなり」

「言わない」

「リリア」

「行くよ!」

 手を繋いだまま歩き出す。

 ルシアンも追いつく。

「先輩だから、何?」

「うるさい!」

「聞こえなかった」

「絶対聞こえてた!」

「もう一度」

「嫌!」

 笑いながら。

 歩く。

 それから三日。

 ルシアンは本当に。

 リリアを口説き続けた。

 朝。

「おはよう」

 それだけ言って、温かい飲み物を渡された。

「何これ」

「君、朝寒いって言ってただろう」

「……覚えてたの?」

「昨日言ってたから」

 二十点。

 いや。

 四十点。

 昼。

 大量の資料を抱えていたら。

「半分」

「大丈夫」

「知ってる」

 勝手に半分持っていく。

「大丈夫なら持たないの?」

「違う」

「何?」

「君が一人で持てることと、僕が持ちたいことは別」

「……」

 八十五点。

 放課後。

 リリアが机で眠ってしまった。

 目を覚ますと。

 肩に上着が掛かっていた。

 ルシアンは向かいで仕事をしている。

「先輩」

「起きた?」

「これ」

「寒そうだったから」

「起こせばよかったのに」

「よく寝てたから」

「どれくらい?」

「四十分」

「見てた?」

「仕事してた」

「本当に?」

「時々」

「……」

 九十点。

 そして。

 四日目。

 リリアは気づいた。

「……あれ」

 朝。

 学院へ向かう途中。

 ルシアンを探している。

 いない。

 いつもなら門の近くで会う。

 今日は。

 いない。

「……別に」

 待ち合わせしているわけではない。

 約束もしていない。

 そのまま学院へ入る。

 廊下。

 いない。

 生徒会室。

 いない。

「……」

「誰探してんの?」

 ノア。

「別に」

「ルシアン?」

「違う」

「今日休み」

「え?」

 反射的に振り返った。

 ノアが笑う。

「やっぱルシアンじゃん」

「何で休み?」

「知らね。体調悪いんじゃね?」

「体調?」

 胸がざわつく。

 嫌な感じ。

 頭では。

 ただの欠席だと分かっている。

 世界はもう壊れない。

 管理者でもない。

 でも。

 ルシアンがいない。

 それだけで。

 十二回分の何かが。

 身体の奥で。

 怖がっている。

「……家どこ」

「は?」

「先輩の家」

「知らねえよ」

「生徒会の名簿!」

「個人情報を何だと思ってんだ」

「緊急!」

「何が?」

「……分かんない」

 自分でも。

 説明できない。

 ただ。

 会いたい。

 顔を見たい。

 無事だと知りたい。

 その時。

 扉が開いた。

「ごめん、遅れた」

 リリアが振り返る。

 ルシアン。

「……」

「リリア?」

 走った。

 考えるより先に。

 胸へ飛び込んだ。

「うわ」

 ルシアンが慌てて受け止める。

「どうしたの?」

「休みって!」

「誰が?」

「ノア!」

 ルシアンがノアを見る。

「おい」

「いや、こいつが探してたから」

「休みとは言ってない」

「ちょっとからかっただけ」

「殺す」

「元管理者怖っ」

 リリアはルシアンの服を掴んだまま離れない。

「リリア」

「……」

「ごめん」

「何で遅れたの」

「教師に呼ばれてた」

「体調は?」

「元気だよ」

「本当に?」

「ああ」

「どこも痛くない?」

「ない」

「消えない?」

 言ってから。

 自分で。

 止まった。

 ルシアンも。

 ノアも。

 黙った。

「……ごめん」

 離れようとした。

 でも。

 ルシアンの腕が背中へ回った。

「消えないよ」

「……うん」

「僕はここにいる」

「うん」

「大丈夫」

 頭を。

 ゆっくり撫でられる。

 その感触で。

 胸のざわつきが。

 少しずつ消えていく。

「……怖かった」

「うん」

「何でか分かんないけど」

「分かるよ」

「先輩がいないだけで」

「うん」

「すごく嫌だった」

 ルシアンは。

 何も言わなかった。

 ただ抱きしめていた。

 そして。

 少し落ち着いてから。

 リリアは気づいた。

 ノアがいる。

「……」

 離れる。

 ノアと目が合う。

「何」

「いや」

「何」

「付き合ってないんだよな?」

「……」

「へえ」

「何その顔!」

「別に」

「うるさい!」

 ノアは笑いながら出ていった。

 扉が閉まる。

 二人きり。

 急に。

 恥ずかしくなる。

「……先輩」

「何?」

「今の忘れて」

「嫌だ」

「また!?」

「今度は忘れないって言っただろう」

「都合よく使わないで!」

 ルシアンが笑う。

「でも」

 リリアを見る。

「嬉しかった」

「……何が?」

「僕がいなくて寂しかった?」

「寂しいというか」

「うん」

「心配した」

「うん」

「怖かった」

「うん」

「会いたかった」

 そこまで言って。

 止まる。

 ルシアンの目が。

 優しくなる。

「……何」

「いや」

「言いたいことあるなら言って」

「口説く必要」

「うん」

「もうあまりないのかなと思って」

「調子乗らないで」

「すみません」

 でも。

 否定できなかった。

 リリアは。

 気づき始めている。

 いや。

 もう。

 多分。

 分かっている。

 記憶が戻ったからではない。

 昔恋人だったからでもない。

 ルシアンが自分を好きだからでもない。

 朝。

 会いたい。

 昼。

 話したい。

 帰り。

 一緒にいたい。

 いないと。

 探してしまう。

 触れられると。

 嬉しい。

 他の誰でもなく。

 今。

 目の前にいる。

 この人に。

「……先輩」

「何?」

「今日、帰り」

「うん」

「屋上来て」

 ルシアンが少し驚く。

「屋上?」

「うん」

「何かある?」

「ある」

「何?」

「今言ったら屋上行く意味ないじゃん」

「それはそうだけど」

「放課後」

「分かった」

「絶対ね」

「ああ」

 リリアは。

 生徒会室を出る。

 廊下を歩く。

 心臓が。

 うるさい。

「……無理」

 顔が熱い。

 でも。

 言う。

 今度は。

 昔の続きをするためではない。

 今の自分が。

 今のルシアンを。

 選ぶために。

     *

 放課後。

 屋上。

 夕焼け。

 風。

 先に来たリリアは。

 もう十分くらい。

 同じ場所を歩き回っていた。

「何て言うの」

 好き。

 普通に。

 それだけでいい。

「いや無理」

 何が無理なのか。

 十三回世界を越えたくせに。

 告白一つが。

 怖い。

 扉が開く。

「リリア?」

「来た!」

「呼んだのは君だよ」

「そうだけど」

 ルシアンが近づく。

「どうしたの?」

「そこ」

「ここ?」

「うん」

「分かった」

 立つ。

 リリアの前。

「……」

「……」

「先輩」

「うん」

「私」

「うん」

「……」

 言えない。

 ルシアンは。

 急かさない。

 ただ待っている。

 それが。

 余計に。

 好きだと思った。

「私さ」

「うん」

「前のこと」

「ああ」

「まだ全部思い出してない」

「うん」

「多分、戻らないのもある」

「そうだね」

「それで」

 一度。

 息を吸う。

「前の私が先輩をどれくらい好きだったかも」

「うん」

「全部は分かんない」

「大丈夫」

「でも」

 ルシアンを見る。

 紫色の目。

 初めて見た時。

 綺麗だと思った。

 もう一度出会った時も。

 同じことを思った。

「今の私は」

 声が震える。

「先輩が好き」

 ルシアンの目が。

 ゆっくり見開かれる。

「……」

「何か言って」

「待って」

「何で」

「今」

 ルシアンが顔を逸らす。

「少し無理」

「何が!?」

「嬉しすぎて」

「……」

「ごめん」

 眼鏡を外す。

 目元を押さえる。

「先輩」

「うん」

「泣いてる?」

「泣いてない」

「それ私のやつ」

「借りた」

 リリアは。

 少し笑った。

 ルシアンも。

 顔を戻す。

 目が赤い。

「もう一度」

「何?」

「言って」

「嫌」

「どうして」

「恥ずかしい」

「お願い」

「先輩」

「うん」

「好き」

 今度は。

 ちゃんと言えた。

「前の私がどうとかじゃなくて」

「うん」

「エリシアでもなくて」

「ああ」

「今の」

 胸に手を当てる。

「リリア・アスターが」

 ルシアンを見る。

「ルシアン先輩を好き」

 静かな。

 夕方。

 世界は。

 何も起こさない。

 祝福の光も。

 魔法陣も。

 同期率の表示も。

 ない。

 だから。

 ルシアン自身が。

 答えた。

「僕も」

 一歩。

 近づく。

「君が好きだ」

 もう一歩。

「今の君が」

 手を取る。

「リリア・アスターが好きだよ」

 リリアは笑った。

「じゃあ」

「うん」

「付き合う?」

 ルシアンが笑う。

「そこは僕から言わせてもらえない?」

「あ」

「口説けと言っただろう」

「そうだった」

「リリア」

「はい」

 手を握る。

 今までで。

 一番緊張しているように見えた。

「僕と」

 少し息を吸って。

「もう一度、恋人になってください」

 リリアは。

 少し考えるふりをした。

「……どうしよっかな」

「リリア」

「冗談」

「心臓に悪い」

「先輩も緊張するんだ」

「するよ」

「じゃあ」

 握られた手を。

 握り返す。

「よろしくお願いします」

 ルシアンの顔が。

 ゆっくり。

 ほどける。

「……よかった」

「そんなに?」

「かなり」

「じゃあ」

 リリアは。

 少しだけ近づいた。

「百点」

「何が?」

「口説くやつ」

「合格?」

「合格」

「ご褒美は?」

「調子乗った」

「君が採点制度を作ったんだろう?」

「ご褒美欲しいの?」

「できれば」

「何?」

「……」

 ルシアンが。

 リリアの唇を一瞬見る。

 分かりやすい。

「先輩」

「何?」

「顔」

「何」

「分かりやすすぎ」

「……」

「キス?」

「できれば」

 リリアは笑った。

「いいよ」

 ルシアンの手が。

 頬へ触れる。

 でも。

 そこで止まる。

「何?」

「一つだけ」

「うん」

「本当に」

 紫色の瞳が。

 近くでリリアを見る。

「僕でいい?」

 リリアは。

 一瞬。

 呆れた。

「先輩」

「何?」

「それ」

「うん」

「何回聞く気?」

「……」

「十二回?」

「さすがに」

「十三回?」

「リリア」

「百回?」

「ごめん」

「もう」

 リリアは。

 ルシアンの服を掴んだ。

 少し引き寄せる。

「私が選んだって言ってるでしょ」

「……うん」

「だから」

 今度は。

 自分から。

 唇を重ねた。

 ほんの一瞬。

 離れる。

「これで分かった?」

 ルシアンは。

 少し黙って。

「……もう一回なら」

「欲張り」

「恋人になったばかりだから」

「前から恋人だったけどね」

「今の僕たちは今日からだろう?」

 その言葉が。

 すごく。

 好きだった。

「……うん」

 リリアは笑う。

「今日から」

 今度は。

 ルシアンから。

 ゆっくり近づく。

 二度目のキス。

 いや。

 何度目でもない。

 数える必要なんて。

 もうなかった。

 唇が離れる。

 額が触れる。

「リリア」

「何?」

「明日も好きだと思う」

「多分?」

「絶対」

「来週は?」

「好き」

「来年」

「好きだよ」

「十年後」

「君が嫌がっても」

「それはちょっと重い」

「……」

「冗談」

 ルシアンが笑う。

 リリアも笑った。

「じゃあ先輩」

「何?」

「明日も会おうね」

 それは。

 何千年先でも。

 来世でも。

 十四回目でもない。

 たった一日先の約束。

 ルシアンは。

 今までで一番嬉しそうに。

「うん」

 そう答えた。

「明日も会おう」
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